2017年3月19日 (日)

犬や猫が噛むこと

先日、赤ちゃんが犬(ゴールデンレトリバー)に噛まれて死亡する事故があった。今さら何を書いても遅いが、今後のための一般論として書いてみよう。

捨て犬や捨て猫を保護するようになって、今年で25年目を迎えるが、これまで犬や猫に噛まれたことは数えきれないほどある。5針縫った傷が最大だから、たいしたことないと言えばたいしたことない。でも猫の口の中はバイキンだらけで、一本の牙がささっただけでも必ず化膿し、全治までに病院通い10日ぐらいは必須だ。

なぜ彼らは噛むのかというと:

(1)加害錯覚
ちょっと手などを近づけただけで、それを、反射神経的に攻撃加害と解釈し、‘加害者’撃退のために噛むことがある。猫同士喧嘩しているときは興奮しているので、人間は手を出さない方が良い、噛まれたくなければ。上記の赤ちゃんのケースでは、私の勝手な想像にすぎないが、這い這いしながら手を前へ出し、犬の顔近くに自分の手を近づけたのではないか。そうでなくても、赤ちゃんと犬が一緒にいて、大人が至近にいないのは、絶対にまずい。

(2)あま噛み(甘え噛み)
猫に多いが、人間への愛情表現とした、負傷しない程度に噛むことはよくある。また、前足を前に伸ばして人間にじゃれつくとき、爪を収納しない猫がいる。どちらも、たまたま加える力の‘程度’の判断を猫が誤って、実際に怪我をしてしまうことが、ごくまれにある。可能性はきわめて低いが、その犬は人間の大人に対するときの力で、その赤ちゃんをあま噛みしたのかもしれない。

(3)生活史不良
前の飼い主の連日の常習的虐待で、凶暴化してしまった犬にまれに出会う。こっちは犬の教育訓練の高度なスキルや知識を持っていないので、残念ながらお世話できない。猫にも、良くない過去の生活史に由来すると思われる暴力はある。たとえば元野良のコーちゃんは、食べ物やミルクなどをあげるとそれはもちろん歓迎されるが、食べ物飲み物を猫の前へ置いた直後の瞬間から、その手(人間の手)は彼にとって、自分のものを奪いにきた者、と判断される。そこで、噛みつく。私は瞬時に手を引っ込めるので、負傷するまで噛まれたことはない。

でも、まあ、自分の口や手に強力な牙があることと、食肉の準備を専門家(と畜場)に任せっきりであることと、どっちがいいとも言えない。


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2017年3月14日 (火)

Quora続

これも、おもしろい。質問者は誰あろう、私(岩谷)なのだ。

この“おもしろい"の意味は、サイコロ以上に多面的だ。

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2017年3月13日 (月)

被害者ぶることばかり得意な日本衆愚

●この世のものとは思われぬ醜

ひまなときQuoraを読むことがある。今日はこんなの(あえて訳さない):

What do non Chinese / Japanese people think of the Nanjing Massacre ?

Scarlett Mitchell, Hoarder of knowledge, graphic IT student, latte slinger
Written Dec 23

I am an American. I have never been to Asia.

I have no bias to either country, other than a love of both cultures. Or I didn’t, until I learned about this.

The massacre, aptly named “The Rape of Nanjing” has been called a genocide because it was a slaughter of civilians without any reason–The city had already been captured.

And not many, but still too many, Japanese people are literally denying any such “conflict”. Everyone else just calls it an exaggeration or demands “proof”. Some of the Japanese do acknowledge it.

You know how, in the Western world, Holocaust deniers cause disgust in the regular population? This is like if the entire country of Germany continued to deny the Holocaust, or called it an exaggeration.

But like, there are also photographs of young corpses with bayonets sticking out of vaginas littered across the city. Women and little girls were systematically raped, household by household, and then murdered. Children's genitals were sliced open to make rape easier for the Japanese soldiers. A pregnant woman was resisting rape, so she was disemboweled, fetus removed, then raped after death. This is all eyewitness accounts by locals and foreigners, film, photographic, primary source evidence.

And of course the 100 heads contest, which turned into decapitating 150 Chinese civilians.

Who cares if it was 300,000 people or fewer?

The Nanjing Massacre is by far the most fucked up thing Japan has ever done, and they literally have memorialized some of the criminals responsible.

Japan needs to apologize. I read the Wikipedia article, saw some of these pictures, and I want to call into work in the morning. So I can throw up. And cry.

It was like Genocide for Fun.

ついでに、Wikipediaも読むべきだ。

口直しに:
●この世のものとは思えぬ美

Maria Tipo: Scarlatti Sonata in G major

Maria Tipo - Clementi Piano Sonata in F# minor


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2017年3月 6日 (月)

Google検索に質問をする馬鹿

この記事には、Googleの検索で質問を入力すると、とんでもないウソが結果の上位に出る、ということを、報告している。

しかし、かなり長い記事でありながら、かんじんの指摘が欠落している。

それは、「コンピューターによる検索に質問を検索キーとして入力してはいけない」、という、コンピューター使いの常識だ。

その常識がないから、多くのアホたちが、「アメリカの大統領にKKKのメンバーはいたか?」とか「女性は悪か?」などなど、“質問”を検索キーとして入力する。

コンピューターによる検索に質問を入力することは、トランプをアメリカ大統領に投票することと似ている。視野狭窄なエゴイスティックな目先の欲に駆られた間違いだ。

仮に質問を検索キーとして与えたとしよう。しかしGoogle検索は、それを「質問」であるとは理解しない。「いくつかの文字列〜言葉の集まり」としか認識しない。コンピューターがやること、できることは、文字列の比較である。それのみである。

もちろん今日の実際の検索アルゴリズムは、さまざまな工夫を盛り込んでいるから、たとえば、いくつかの“関連語”でも検索する。だから「女は悪か?」という文字列中の「悪」の関連語として「娼婦」が用意されていれば、“どの女にもある程度の娼婦性がある”、というテキストがトップに出てきたりする※。

※: この記事で、Google検索が正しい答えを取り出した“質問”の例として挙げられているのは、「予防接種をすると自閉症になるか?」や「ジェット燃料は鋼材を溶解するか?」などだが、これらももちろん、Google検索が質問に答えたのではなくて、たとえば最初の例なら、予防接種と自閉症の二語で通常どおりの語彙検索をしたのみである。
…だからつまり、「ダレソレ大統領はKKKのメンバーだったか?」という“質問”と、単なる「大統領 KKK」というキーワード検索は、たぶん同じ検索結果になるはずだ。

車の免許に構造・法規の勉強が必要なように、みんな、コンピューターの基礎を勉強しなけりゃコンピューターを使うべからず、という厳しい法律が必要だね。Google検索に質問をする、というアホがいなくなるためには。

Appleの製品なら、不勉強の人でも十分使えるかも知れないが、それと同じ根性でGoogle(などなど)に接するのは、完全な間違い。コンピューターを根底から勉強しなくちゃ、だめ!!

AI、人工知能がもてはやされている今ですら、コンピューターにできることは、比較のみである。猫の画像をいっぱい憶えさせられたから、写真の中の猫を見事に当てられる、というだけのこと。ややこしい論理ストーリーを大量に憶えさせられたから、囲碁で人間の世界チャンピオンにも勝てるのだ。

今日は本当は、「就活は日本をダメにする」という文を書こうと思っていたのだけれど、でも、“コンピューターは質問に答えられる”という大誤解は、“既存大企業(or大役所)の正社員(正職員)になれば一生安泰である”という大誤解と同質かもしれない。視野狭窄の目先の欲、その根性が、日本を滅ぼす。

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2017年3月 3日 (金)

例によってオトコの光景

別に私は、小池都知事の味方をしなければならない義理も人情もないけれども、市場移転問題が現在、昏迷と迷走の渦中にどっぷりとあるのは、むしろ、現都知事になってからの大きな功績でしょうが。

それを、久々に穴蔵から出てきた浅薄男根小説家(元都知事)は、豊洲移転をさっさとやれ、しか言わない。問題の根因(==自分自身!!)を、未だに気づく能力もなく。

しかし、なんであんな乱暴オトコが、都知事になんかなってしまったのか。痛恨したって、遅い。

とにかく、途中でおかしな妥協をすることなく、すっきりとした自他ともに文句のない納得に達するまで、無限に昏迷したって迷走したってかまいませんよ。市場機能なんて、適切に徐々に分散化していったって、かまわないのだから。しかも流通マーケティング技術の進歩で、巨大な集中的centralizeな物理市場はだんだん要らなくなる。物流は、原産地→エンドポイント直行が、どんどん増えるんだからね。

centralizeな巨大物理市場は、もう、ある意味、古墳だよ。

無限に迷走してオトコの毒を洗い流すべし。

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2017年2月27日 (月)

“労働市場”を廃語に

“労働市場”は、オトコの粗雑な脳が考えだした粗雑な概念/言葉のひとつだと思うが、今では為政者や経営者をはじめ、多くの人びとの心脳に無反省無批判に浸透し、今日の粗放な貨幣経済社会を作り出し維持する原因のひとつになっている。

そもそも、市場、マーケットというものは、多数の狭量と恣意とエゴの集積複合体が作り出す貨幣価値動態であり、つまり賭博場の一種である。そして賭博場であるからには、そこには必ず「失敗」がつきものである。

賭博場では、多くの「失敗」と少数の「成功」が相補関係にある。

そして、労働に“市場”を認めるならば、その動態に「失敗」が認められることになる。しかし労働は、他の一般的な市場財と違って、自由化処分財ではない。言うなれば労働は人間の人格とほぼ同一不可分であり、そこには「失敗」は許されない。しかし現状では、多くの失敗者が作り出されている。“市場”(==賭博場)だから、当然である。

「失敗」が許されない==市場視が許されないものが、粗雑粗暴な(そして今や無意識的な)労働市場概念によって、失敗もあって当然とされているところに、今日の非正規労働の過酷な扱いに代表される、あるのがおかしい、あってはならない、不合理な格差社会の起因がある。

たとえば、そういう、迂闊で粗暴な市場概念に立てば、労働も他の一般的自由化処分財と同じく、安く買えれば安く買った者の勝ち、悪いのはそんな安値で売ったやつの方だ、となる。しかし繰り返すと、労働はAさんならAさんという人間が手に持つ、自由可処分財ではない。労働はむしろ、Aさんの生命と人格そのものだ。それは、市場財となってはいけない。

そして、“労働市場”が古語辞典の上にしか見つからなくなった未来の、正しい労働法においては、非正規労働は企業にとって(当然のように)正規労働よりも高くつくものでなければならない。なぜなら非正規労働者には、同一労働同一賃金原則のほかに、正規労働者に与えられているものと同質以上の、福利厚生や教育訓練等を担保しうる、十分な額の給与がプラスアルファされなければならないからだ。

言い換えると、今の(あってはならない)“労働市場”において、安上がりとされている非正規労働労働力は、労働が市場財であることが禁じられた社会の正しい労働法制下においては、やむをえず一時的に使う高価な労働力となる。

#だいたいそもそも、日本企業が、労働力とその代価に関して、そんなえーかげんな経営姿勢をとり続けてきたところに、日本企業の、“挙句の果てに中国に買い叩かれる空洞化”の根因がある。寝てても一生高給が保証される正規社員(職員)や、賃金を超安く値切った非正規労働から、本物のイノベーションが生まれるはずがない。むしろ正規労働者がたくさんいて、彼らのあいだに競争やコラボレーションが日常化していた方が良い。中国の安物産業の土俵に自分も乗ることを、グローバライゼーションと誤解したために、日本企業は道を誤ったと言える。

労働を、セーフティネットもないまま自由な市場財として放置し、さらに今度は露骨な円安誘導。安い給料の価値が、ますます安くなる!! 近年の自民党政権による労働者虐待は、どこかの国々の女性虐待なみに残虐だ。今の野党に、その悪を暴く力はあるのだろうか。

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2017年1月23日 (月)

江戸城無血開城

明治維新の最終期、江戸の町、そして江戸城が、官軍の総攻撃を受けることなく、最後の征夷大将軍徳川慶喜が死刑に遭うこともなく、城は単純に明け渡し、慶喜は故郷の水戸に引っ越す、という完全平和な事件を「江戸城無血開城」という。

それは多数の複雑な状況を含み、また江戸城引き渡し後もしばらく各地で戦闘があった明治維新において、ほんの一瞬のワンシーンにすぎないけど、このブログの、コミュニケーション学というテーマからは関心をそそる。

平和な権力移行がそこで成功した最大の理由は、両方の代表交渉者がともに優秀で立派な人物だったこと、かねてから互いに、相手を尊敬していたこと。両者間に、若干の交友関係もあったこと。そして、両者に、戦争ではなく条件交渉で決着をつける、という意思があったこと。

どうなのか。前世紀前半の日と米(ほか)の上級政治家間に、そのような「人格的関係」はあっただろうか。今の、日本と中国(など)はどうか。今後は、どうか。

江戸城無血開城は、しっかりした、人間的コミュニケーションがあれば戦争が起きないことの、典型的な証明例だ。

防衛とは、強力な軍備を持つことではない。防衛とは、戦争になりそうな敵が存在しないことである。味方を増やす、努力である。もちろん、それは、安易な努力では実現しない。たまたま運良く実現する個人プレーでもだめだ。

この歴史上の事件をよく知らない方は、まずWikipediaの記事でも読んでみよう。


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2017年1月21日 (土)

完全無欠の他者不在、ドナルド・ジョン・トランプ

彼が地球温暖化などの環境問題を、その存在を否定するのは、環境規制がなくなり、アメリカのエネルギー産業がフル稼働したら、産業界も労働者のふところも潤うからだ。雇用も、増えるかもしれない。

人類はやっと、「自然」という他者をうっすらと自覚し初めた。しかるに、アメリカファーストは、他者を犠牲にする自己繁栄策であり、長期的には自滅策でもある。すでに海水面上昇で水没が始まっている南太平洋の島国の人たちは、今後、アメリカ政府を国際司法に訴える資格を持つかもしれない。いや、もしかしたら、全世界の人びとが。

そもそも、「移民排除」と「メキシコに自動車工場作るな!」という矛盾にも気が付かない馬鹿。メキシコ人も、今度のアメリカ政府に対して怒る資格を持つだろう。

民主主義は往々にして衆愚主義となり、やがて醜怪な大悲惨を招く。21世紀も、それの繰り返しか。進歩らしい進歩もなく。

ところで、昔も今もえんえんと薄っぺらな美辞麗句ばっかし垂れ流している(周囲がそれをチェックしない怪と怖)どこかの無能バカソーリも、まさに、衆愚主義の産んだ子かもしれない。

そもそも彼らは変化が見えない人たちだから、変化の陰の部分を近視眼的に「衰退」と見るのだ。なくなるべきものはなくなるのが、変化である。それをgreat againを志向するのは根本的な間違い。正しくは、変化の中に旧のagainはない。ありえない。例:従来的なエネルギー産業の大復活は、ない、ありえない。

※: ちょいと乱暴なたとえで言うと、明治維新が明日に迫っているのに、徳川幕府great again!と叫んでいる人たちに似ている。

アメリカを、世界を、その末端までも、未来へと導くリーダーが必要である。彼のような懐旧主義者ではなくて。彼に投票した人は、自己と彼の馬鹿にまだ気づいていない。単純愚かに、過去にあったもののagainを夢見るのみだ、現時点では。

あるとき、最広義の環境産業が大雇用を作り出す、と自覚できれば、彼の救いもあるかもしれないが、まああのバカ面(日焼けスプレーによるorange face)じゃ無理かな。いや、どんな人間にも成長変化の可能性はあるけどね。


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2017年1月 9日 (月)

今年最初の苦労: gvimにおける矩形貼り付け

vim/gvimにかぎらず、テキストエディターを使っていて矩形操作(ブロック操作)をする機会は少ない。めったにやらないから、一度成功したことでも、忘れてしまう。しょうがないのでvim-userメーリングリスト(今ではgooglegroups)に久しぶりに質問したみた。最後のKen Takataさんの解は、まだ試してない。マウスを4回クリックするなんて、オトロシイ!

[自分]
On my gvim screen, there are two sections on a same column:

abc
def
ghi

rst
uvw
xyz

and I'd like to have two different columns aligned on same lines, like this:

abc rst
def uvw
ghi xyz

Yes, I think I have read all of the related docs available on the net, but they can't help. So I'm going to rely on the old friends here. TIA.

[Paul(Jan)]
Visual block select (control-v) and yank the second block. Enter two spaces after the c. Either enter normal mode and paste, or control-o and p.

[自分]
We only get the [p] result as:

abc rst
uvw
xyz
def
ghi

That is, and has been, our current perpetual problem.

[Pongthep]
You did something wrong.
Well, you have...

abc
def
ghi

rst
uvw
xyz

In exit mode (escape), move the cursor to 'c'.
Type 'a' to enter insert mode, then type 2 spaces.
Escape again, then move the cursor to 'r'.
ctrl-v to enter visual block mode.
Then type 'l', 'l', 'j', 'j', to cover the block to move.
The current cursor will then move to 'z'.
Type 'd' to delete them.
Then repeating 'k' until the cursor points 'a'.
Then type '$', and finally 'p'.

Hope that helps.

[Aswin]
With cursor on the 'r' of 'rst', do this key sequence:

<ctrl-v>lll jj d gg A <space><space><esc>>p

This is same as what Jan said, just putting down the keystrokes.

[自分]
Thanks Aswin and Pongthep. I think I was doing the same thing as suggested by using the gvim gui, that is, using a small animal-like good-old hand device and everytime got the funny pasting result by hitting [p].

On the jEdit program which is one of the new generation of the text editors on Linux, you have [rectangular select] and [clipboard extension]>>[vertical paste] menu items under the [[Edit]] primary menu. This "vertical paste" thing did the task I wanted long perfectly.

I shall use the jEdit editor when some table-like editing operation is needed.

Any way, thanks very much for your valuable helps. Thanks again.

[Ben Fritz]
If you were to actually, correctly, use CTRL+V to select the text you copied, then Vim will AUTOMATICALLY do a "vertical paste".

Either you aren't following directions, or you have a mapping interfering. You shouldn't need a different editor to do this. It's built into Vim and has been for years.

[自分]
Oh Ben, you are right.

This morning I tried to do THE same task by using ONLY vim key commands like [h][j][k][l] for cursor movement, then I got the perfect desired result i.e. a vertical pasting. The lesson I may have learned is "don't use mouse for cursor movement for gvim rectangular operations", and, "You only should use those venerable vim key commands".

I prefer an appropriate set of menu items and mouse operations, though. Gvim must be a GUIed vim.

Thanks, any way.

[KF]
Use Alt-LMB (Left Mouse Button) to do a VISUAL BLOCK selection.
Add two spaces, and do a paste...

HTH

[kamaraju kusumanchi]
Does not seem like a portable solution. For example, in Debian + KDE
setup, + drags the window as mouse moves along.

[自分]
Kamaraju may be right. It doesn't work on my environment which is Linux/Ubuntu too. Did KF mean a Windows environment, or ...?

[KF]
I'm on Windows, maybe this will help for KDE/Genome:

" .vimrc settings...
" Alt-Mouse-Left for block selections
" You need to disable/switch the Alt key for KDE/Gnome (Windowsettings for KDE)
nmap <A-LeftMouse> ms<LeftMouse><C-q>`so
imap <A-LeftMouse> <Esc><C-q>`^ms<Esc>gi<LeftMouse><C-o><C-q>`so
vmap <A-LeftDrag> <LeftDrag>
vmap <A-LeftMouse> <C-q>

Ref: http://code.jity.de/Jack12816/linux-environment/commit/85e397753e5cceb505dfd1f7ccbfe1955fd83c29?view=inline&w=1

HTH

[Ken Takata]
See ":help gui-mouse-select".
It says "quadruple clicking makes it rectangular block-wise."

Regards,
Ken Takata

【2017/01/29追記】
[自分]
Hi Ken,

Thanks for giving us one of the deepest esoterica of the gvim editor.
But we somehow feel the four consecutive mouse clicks on a same position and in a very short time so horrible that we haven't tried them yet. When a good time should come someday, we'd surely try them, though.

Thanks again.

[Ryan Nabinger]
A quick note:

I find P more useful than p because of columns' typical left-alignment and my desire to not mangle the tailend of my paste destination.

Also, 1v is very useful when dealing with blocks (:he visual-start), especially when transposing blocks / overwriting blocks.


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2016年12月31日 (土)

今年最後の失敗: LinuxとスキャナーとOCR

以前、小規模に野菜作りをしていたときは、一年を通じての季節や気候の変わり方に敏感にならざるをえない。そのためにやっていたいろんなことの中に、新聞の地方版を参考にして、毎日の日の出と日没の時刻を記述し、表にする、という作業があった。

東京からC県のいなかに引っ越してから、とくにその中の冬の部分を書き起こしたのが、これである。時間時刻は東京のデータ、下のメモ書きは現場がそのいなかである。これの最初の入力は、今は亡きワープロOASYS上、それをMS-DOSのテキストファイルに変換したかしないかの記憶はない。したとしても、今はどこにも見つからない。とにかくこんな、ワープロのプリントアウトではなくて、可搬性に優れたテキストファイルとして保存しておきたい、という意思が前からあった。

##この単純な、日の出と日没の時刻を列記しただけのデータからも、いろんなことに気づくのである。ここではその例をひとつ: たしかに冬至は12月の20日すぎごろだが、しかしその日は、一年でいちばん昼の時間が短い日とは言っても、その日イコール、日の出がもっともおそく、日没がもっとも早い日ではない。日没がもっとも早い日は12月6日ごろ、そして日の出がもっともおそい日は1月7日ごろである。言い換えると、春はまず、12月6日すぎから始まり、1月7日すぎからより本格的に始まる、と言える。たとえば夕方の犬の散歩は、12月上旬までは暗くなるのが早くてうっとおしいが、12月下旬、大晦日が近づくにつれ、夕方の明るい時間が長くなり、犬の散歩も気分良くなるのである。白菜を作っていたころは、その頃からコーヒーかすで作った堆肥を十分に与えていた。

さて、紙の上のプリントアウトからテキストファイルを起こすには、どうするか。スキャナーである。長年、プリンターというものは保有していなかったが、最近のプリンターにはスキャナー機能もある、ということなので久々にプリンターを買った。これが、失敗の始まり。

買ってから分かったのは、プリンターのスキャナー機能とは、紙の上に印刷(または手書き)されているものをあくまでも『画像ファイル』として取り込むことなのだ。私が欲した、テキストファイルではない。PDFまたはJPEGの、ファイルを作ってくれる。上で見たdocument-3.jpgファイルは、そうやってプリンターが作ったJPEGファイルだ。

作業をやり直すためには、スキャナー専用機を買って、そのLinux用のドライバーをインストールすればよい。そしてLinux上の、saneとかxsaneとかのアプリケーションを使う。

でもプリンターを買うのにだいぶふところを軽くしてしまったので、お金の余裕がない。

しかも、うろ覚えの記憶を探ると、Linux上には文字の画像ファイルからテキストファイルを起こす、いわゆるOCR(optical character reader)のアプリケーションがあったはずだ。そいつに、document-3.jpgファイルを読ませるのが、手っ取り早い。

==== making a long story short ====

で、今は何でもクラウドの時代であるので、クラウド上≒Web上に、無料で使えるOCRサービスがある。Google Drive上のGoogle Documentサービスの設定メニューに、アップロードしたファイルに対する「画像→テキストファイル」変換機能がある。

その最終出力が、これだ。表の形式は完全に壊れているが、頑張れば元の形へ編集できるだろう。ふつうの、テキストエディターを使って。

しかし、今のプリンターにはスキャナー機能もある、という都市伝説は、どこでどう間違って私の脳に入ってしまったのか。というか情報過密の現代は、この種の間違いがあらゆる分野にあるのだろう。勝手な思い込み、という他者不在が、あの劣悪な偽(にせ)ニュース事件も招いたしまったのだ(ヒラリー・クリントンはISに銃器を売った、ローマ法王はトランプをエンドースした、などなど※)。

すべての情報は、他者として、批判的かつ対話的に接しよ!!!

※:
Buzzfeedが選んだ2016年の偽ニューストップ50
読者の70%以上は偽ニュースを本物と信ずる

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