今月のポジティブ2(2023/01/19): 関ケ原の合戦はなかった(乃至政彦ほか)
書誌をもうちょっと詳しく書くと、共著者は高橋陽介氏、出版社は河出書房新社、出版年2018年5月です。大量の一次史料を駆使して、従来の「おもしろ戦記」のような関ケ原合戦説を否定している。
従来説では、この合戦が、天下統一の野望に燃える徳川家康が豊臣勢力を大規模に打ち破った初戦、と単純化されているが、本書によると家康には野望のようなものはない。むしろ彼は、同調勢力と一緒になって、豊臣方の旧守派(==反徳川勢力)による意図不明の反乱を鎮圧しただけである。
時期は太閤関白豊臣秀吉の死の直後であり、秀吉は遺書で、嫡子秀頼の成人までは家康が豊臣政権を継ぐよう命じている。そして他の重役たちの多くが、家康を主と仰ぐことを拒み、反家康の反乱を起こした。曖昧非力な烏合の衆のような反乱勢力なので、たった1日で鎮圧され、家康の軍は周辺のいろんな小競り合いは治めたが、関ヶ原までは進軍していないし、反乱のトップたちは関ヶ原とは無関係に早遅バラバラに降参している。このことが、「なかった」という本書の題名になっている。
事件が政権内での家康の権力基盤を強化したことは事実だが、まだ名目的には豊臣の天下だ。豊臣家の滅亡は、大坂冬夏の陣という、秀頼ら豊臣一家も巻き込んだ反乱とその鎮圧に待たなければならない。
本の内容紹介はこれぐらいにして、ここで気にしたいのは、歴史の研究にとって、得られるかぎりの一次史料の集合は、「正解を知り得ないジグソーパズルのピース」のようなものであること。パズルを解いていく者の目の前や脳内に、予め、正解の絵の像がない。だからピースの正しい組み立てを自分の判断でやるしかない。そこにもちろん、歴史研究のプロとしての知見が役に立つわけだけど、作っていく解におけるピースの配置関係は、すべて絶対に正しいとは言えない。かなりの部分が、彼/彼女の歴史観に依存することになる。
という意味では、本書のような歴史書は現代に生きる個人の「作品」になる。そして個人の作品として読めば、本書はたぶん高級な推理小説以上におもしろい。そしてここでは、徳川家康が、相当冷静沈着、かつ温厚な(ふところの大きい)指導的戦国大名だ。
まるでそれは、歴史の神が用意した、前走者織田豊臣二者にとっての、合理的で有意義な落とし所のようだ。
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