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2019年5月23日 (木)

貨幣==麻薬

そして、人類のコミュニケーション不能の、今や宗教をもしのぐ、最高最大の表象である貨幣経済もまた、その全規模にふさわしい巨大な最大規模の、悲惨な、貨幣不経済を基盤としてのみ、成り立ちうる。それを別の言葉で言えば、貨幣の価値は差異と、差異の巨大な階層である。

貨幣はその保有と使用が悪質な(==他者不在の)安楽と悪質な高揚を与えるという意味で、一種の麻薬であり覚せい剤である。それは、貨幣がn円得られているところには、同時にどこかにn円得られていないことが存在するから、その差異こそが他者不在であり、言い換えると貨幣の唯一の原料が他者不在である。富者は、膨大な量の他者不在を累積する。そして貧者は、克服しがたい量の他者不在の障壁にあえぐ。

貨幣が社会の主導権を握っているかぎり、他者を蹴落とす、競争する、だます、ごまかす等々の悪質な他者関係は存続する。卑小な人間がなくならない。それが、社会だけでなく環境の荒廃にもつながる。

人類は所詮、そんなお粗末な劣悪な生き物だった、で終わるのか、そうでないか、それは分からない。各所の、細々とした活動の芽には、希望が感じられないわけではない。

貨幣の麻薬漬けから醒めて、コミュニケーション指向へ脱皮する人が、少しずつでも増えていくことに希望を託したい。

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2019年5月20日 (月)

ジャパンディスプレイ==戦艦大和

巨大な戦艦、大和(やまと)は、攻撃の主力は大型航空機であるべきことが誰の目にも明らかである時期に巨費を投じて建造され、すぐに、米軍によって撃沈された。

大きな国費が救済策として投じられたジャパンディスプレイは、サプライヤー(個々の部品の製造供給)はいわゆる途上国新興国に任せるべきであることが誰の目にも明らかである時期に、日本がそうであるべきエンド・プロダクト(新しい強力な最終製品)ではなく、ディスプレイパネルという特定の部品に大きなテコ入れをした、そして最近はますますアカンことが明らかになってきたという意味で、戦艦大和に似ている。

日本のおっさん族は、昔も今も、人間と社会と生活とそれらを支えるべき技術に関して最新の正しい直観や希求を欠き、自らの古い思い込みにのみ固執する。

実際に目の前に見るJDIの工場は、ほんまにでかくて、まさに大和クラスだ。ひまな人は、Googleの画像検索してみて。

 

 

 

 

 

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2019年5月19日 (日)

外部不経済の共犯者は消費者だ

 

外部不経済>内部経済

資本の活動が生産する外部不経済は、その生産の共犯者が往々にして消費者だ。ささやかな貧乏個人にすぎないこの私も、これまでの人生の過程によって、温暖化や海のプラスチック汚染に…主に間接的に…十分貢献しているだろう。

しかしそれらの問題の修復となると、個人では手に負えないものが多い。よく、山の中などで、自給自足とか、エコな生活とかいって、汚染を作り出さない暮らしぶりがテレビ等で紹介されるが、しかしそれは、問題解決につながるほどにスケールしない。みんながやるのは、無理。

短絡的な消費ではなく、産業の生産物、生産技術を大規模に変えていくしかない。

さて、ペット産業が作り出す外部不経済の最たるもののひとつが、遺棄動物だ。これにも、消費者の貢献が著しい。

そしてこれも、一部の個人の努力では解決が難しい。…からといって、放置はできない。

このところ我が家周辺に出没する遺棄猫が増えたな、と思っていたら、そのうち、一匹が出産した。子は五匹だ。

年齢的に保護活動はやめる気でいたが、目の前にいる以上、放置はできない。自分の健康に気をつけて、がむばるしかない。昔に比べると捨て犬捨て猫に出会う頻度は減っているが、まだ皆無ではない。しかもこの問題は、往々にして、生産者=消費者だったりするからややこしい。

 

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2019年5月 7日 (火)

交通事故の起き得ない都市構造を作る

20世紀の銃や車に次いで、今世紀の、オトコの男根信仰の象徴は宇宙ロケットかもしれない。金を使うべき重要な問題や課題は、もっとほかにあるだろ、といくら言っても考えても、資本は増殖(利益を生むこと)の可能性が信じられる方向にしか行かないから、言うだけ無駄である。

最近はますます悲惨な交通事故が多い気がするが、これは、車を運転することへの人びとの緊張感が希薄になってるせいかもしれない。しかし、交通事故の起きない都市づくりへお金が向かわないのも、それが利益を生まないからだ。巨額な会費制にするわけにも、いかないし。

行政が行う公共事業、と考えても、それでも実現しない。行政が利用する資金は、資本が生んだ利益のおこぼれである。資本がどんどん利益を生まないと、行政の資金も増えない。資本が、より楽をして増殖するための仕組み、たとえば介護などへは、行政の資金も向かう。

しかし、資本の増殖、資本が生み出す利益の多くは、資本の営為が作り出す外部不利益をコストとして負担しないために得られている不正利得である。

たとえば今私のアタマとココロには、数日前に交通事故で亡くなった六年生の女の子のことがあるけど、仮にその子の命の価値を「無限大よりも大」とすれば、利益を生む資本の活動としての自動車産業は(不正利得以外には)成り立たない。

自動車産業がまっとうな産業として成り立つためには、事故が起き得ない構造の都市を作っていくしかない。宇宙ロケットも、逆立ちしても対応できない深刻な外部不利益が顕在化する前に、やめた方が良いだろう。

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参考記事: 歩行者の死亡事故ダントツの日本、ドライバー厳罰化で解決できない理由

 

 

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