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2019年4月29日 (月)

人類はプログラミングと無縁ではない

プログラミングは、時間上や空間上の論理的な構造を定義することだから、人類は太古の昔からやっている。コンピューターのプログラミングは、それを「形」にして対象化できるところに意義がある。きちんと対象化しないところには、太古ばかりでなく現在も恣意性や杜撰(ずさん)が横行する。日本の場合、上部構造の恣意性や杜撰が頻繁に、大量の庶民を苦しめてきた。

●学校の警備。インターフォンで「工事の者」ですで、それだけで、入校OKはない。これがプログラムだったら超幼稚なハッカーでも赤子の手のようにシステムを攻撃破壊できる。要するに入ってくる者をチェックする仕組みが全然ない。ということは、この学校には警備がない。皇族の子などばかりでなく、一般的に子どもを、通学させるにはまったくふさわしくない。校内に入れる前に、工事発注等の担当部署に聞くことすらしてない。

●海のそばの学校で大きなで地震が来たら、まずやることは、児童をほっといて、えんえんたる職員会議ではない。地震津波をハッカーに例えれば、これも赤子の手なみだ。庶民の生命を最優先せず、えんえん自分のことにのみかまう。日本の上部構造の愚は、20世紀前半のそれから、まったく変わっていない。学んで成長していない。

プログラミングを学ぶことは、ものごとの正しい論理を学ぶことだ。それなしで、プログラミング教育なんてやっても、お粗末なプログラムしか作れまへん。

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コメント

テクニックや手法ではないと思う。

投稿: n,s | 2019年4月30日 (火) 13時04分

プログラミングとは自己の対象化。

自分を知ること、でしょうか?

投稿: 南 | 2019年5月 6日 (月) 07時50分

小説はアップデートされないが、コンピューターのソフトウェア(プログラム)は、世の中で実用されるようになって以降も、ほぼ無限回のアップデートが行われる。ありとあらゆる他者過程を想定ないし経験していく、ということでしょう。

このたびの警備プロセスゼロの学校は、他者過程ゼロ==他者不在の学校ですね。

投稿: iwatani | 2019年5月 6日 (月) 08時12分

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