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2018年10月13日 (土)

ネットワークの利用においてコンピューターのOSに相当するもの、および、それとOSとの関係

===以下は、ちゃんと書くひまがなくて下書きのまま放置していた文ですが、ひまなし状態がえんえん続くので、下書きをそのまま公開します。言わんとするところは、伝わると思います。===

今の普遍的な通信ネットワーク(≒インターネット)の利用のされ方は、コンピューターの利用史でいえば、オペレーティングシステムというもののない頃のそれに相当する。

現状では、ネットワークという物理構造(通信のプリミティブ)があって、その上にいきなり直接、個々のアプリケーションとそのためのプロトコル集やAPI集がある。

悪名高きOSI参照モデルで言うと、7つの層のうち下の6つはすべて、私の論から言うと、“広義の”物理層である。言い換えると、ネットワークの利用を集団関係や対他関係等において管理する層がない。

だから私の主張では、今の第6層と第7層の間に、仮称「ネットワークオペレーティングシステム層」が標準的な層として入るべきなのだ。

コンピューターのオペレーティングシステムは、コンピューター自身(CPU)だけでなく、重要で普遍的に利用されるその他のリソースの利用も管理する。たとえばメモリも、何らかの特定のアプリケーションによる独占的排他的利用を防ぎ、利用権を複数のアプリケーションに安全堅固に分配する。またCPUとリソースの使用にあたってはオーナー制というものがあり、管理者(システムアドミニストレータ)が認めたユーザーが、それに配分されリソースしか使用できない。

しかしネットワークは、コンピューターの利用史において、相当後からやってきたものなので、コンピューターのオペレーティングシステムからの管理の完成度が低い。また自分のマシンの上のリソースと違って、単純なオーナー制による管理は難しい。なぜならネットワークというものは、とりあえず何でも、来たいやつは来させないと、通信は成り立たない。

では、ネットワークの管理はどこに、どのように置くべきか?

それはネットワーク自身の上に、ネットワークのノードである各コンピューターのオペレーティングシステムとの対話を前提として、あるべきではないのか?

たとえばそのために、「ネットワークの仮想多重化」という技術が実装されてもよい。

仮称ネットワークのオペレーティングシステム層が、基本的汎用的なAPI集〜エンドユーザープリミティブ集とその組み合わせルールを持てば(提供すれば)、アプリケーション層は今よりもっと簡単になると同時に、もっと自由な多様性and/or多機能性を持ちうる。

(この稿未完)

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コメント

インターネットは自動運転の高速道路のようなものだと思います。その機能からある程度自由なサブシステム、仮想システムがネット上に構築できれば別の機能を担当できる仮想空間が出来ると思います。モヤモヤが少し晴れました。

投稿: Hiroaki.Hayashi | 2018年10月13日 (土) 23時51分

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