錯覚錯誤としての反ユダヤ主義
かつて日本の被差別民が、役牛や農耕馬など動物の死体処理(という“汚い仕事”)をやらされていたように、中世ないしそれ以前からヨーロッパ各地では、金の取り扱い(という“汚い仕事”)は被差別民たるユダヤ人がやらされていた。その仕事は、今の金融業のもっとも素朴で原始的な姿だ。
そしていくつかの時代を経過すると、一般庶民に対する貨幣の支配力はいよいよ強くなってくる。常時十分な貨幣を持ちうるのは、ごく一部の層だ。
毎日苦しい一般庶民層は、苦しさ辛さの原因が貨幣、そして貨幣教の司祭たるユダヤ人にある、と考える。
(しかし当時ヨーロッパ社会で圧倒的多数のユダヤ人は、被差別民の貧民層である。)
ユダヤ人による金の支配が止(や)めば、われわれの暮らしは楽になる、と錯覚する。(キリストはユダヤ人が殺した、などと“余罪”がくっつくこともある。)
そこから、21世紀の現代ですらその勢力を失わない反ユダヤ思想が生まれる。
(対してユダヤ人側には、被害妄想的民族思想が生まれる。)
ドイツ極右政党は、ついに州議会に議席を取った。
ナチスの再興も、夢ではないかもしれない※。反ユダヤ主義や、排他的ナショナリズムの高まり〜凝り固まりは、困窮層や将来不安層の増加と相関している。だが、彼らが極右政党等に託した幻想は、寿命の短いかげろうにすぎない。本当は、もっとおそろしいものが襲ってくる。〔※: 今のAfDは反ユダヤを掲げている政党ではないが。〕
スケープゴートが何の意味も効果もない間違い、錯誤である、という意味で、すべての反ユダヤ主義とその言動は、完全なる間違いであり、完全に無意味無効果である。
しかし間違った敵、ではなく本当の敵に対して、多くの人類が立ち上がる日は、まだ遠い先だ。今世紀中は、無理かもしれない。人びとの苦しみはますます深くなり、そして広くなる。貨幣経済のグローバル化の進展と広域的細部浸透とともに。
すべての貧乏人個人が、この台風の中で無力である。難民(旅費が要る!)にもなれない貧乏人の方が、圧倒的に多い。
新しい地平を切り開くための現状のガラガラポンは、歴史的に、大規模な戦争に決まっていたが、そろそろ、そうでない解を歴史神は恵んでほしいな。
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