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2017年11月 6日 (月)

シリアルキラーと被害者、双方のすごい孤独

人類という生き物はこれまでウン万ウン十万年という長い期間、ローカル共同体(統一国家のことをグローバル共同体と呼ぶなら)に依存して生きてきたので、共同体性の名残というやつは、まるで尻尾(しっぽ)の名残の尾てい骨のように、あちこちにしぶとく残っている。

そしてそれら共同体性の残滓というやつは、いじめに代表されるような悪質なものも多いのだけど、なんでそれらを悪質と感じるかというと、被害者が共同体を脱した「個」になりつつあって、共同体の規範から自由な個は良い(善い)ものであるという、観念があるからだ。いじめは、そんな‘異質な’個体を排除しようとする。

だが現実は、自由な個は善と良であるだけでなく、悪をはたらく自由を持つ個であったりもする。また、共同体を破壊し空洞化し、人間を個へと分断しつつあるものは、何を隠そう、貨幣経済のグローバル化、のより大々的な進展であるので、そこに共同体のそれぞれローカルな規範に代わるグローバルな規範が共有されないかぎり、貨幣社会は過酷な差異の階層であるので、往々にしてそれは差別の階層ともなり、悪の温床となりやすい。

昔(前世紀前半まで)も、共同体を排除されて共同体に恨みを持つ者が大量殺人を犯す、といったことはまれにあったけれども、概して共同体時代の人類社会は、悪や犯罪が少ない。そのころの民話やお伽話に、悪人はあまり出てこない(盗賊や鬼はよく出てくるが、いずれも共同体外からの侵入者だ)。人類がばらばらの個になり、しかもそれらは各人が貨幣を稼がなければならない、しかし稼げない人の方が多い(階層は下の層ほど多く上へいくほど少数となる)。したがって、現代までの粗放な貨幣経済社会は、もろ、悪の温床である。

学問的動機のない、単なる受験競争への参加も、犯罪の卵と呼べるかもしれない。逆の本当の学問的動機のある人なら、必ずしも特定大学の入学にはこだわらないだろう。

で、現代の粗放的貨幣経済社会は、人間一人々々をものすごーく孤独にするのである。そして片方では、そんな孤独者をかもにする犯罪者(そいつもまた孤独者!)も、あちこちに毒キノコのように生えてくる。

悪をはたらくことは一種の自殺行為、自滅行為なので「得」ではない「損」である、という認識をたまたま持っていることも含め、この私はたまたま運が良かった孤独者であるにすぎない。

それで貨幣経済が人間をばらばらな(そして自由な!)孤独者にし、多くの人の貨幣経済的困窮を生んでいる現代社会では、今の警察の仕事…発生した犯罪への対応…は、law enforcementないし防犯という仕事の全体の、20%ぐらいに位置づけなければならない。そして残る80%は、まだまだ、その真の芽生えがない。

大量の孤独者困窮者を放置する‘粗放な’貨幣経済社会を早急に終わらせることが、政治等の最上位課題にならないと、あかんわ。

たとえば、メディアをもっとメディアの名にふさわしいものに!

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語注: シリアルキラー, serial killer, 連続殺人者


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コメント

「自己責任」なんて冷たい言葉を死語に。

人間は完璧な存在ではない。

人間を手段ではなく目的とする社会を。

投稿: 南 | 2017年11月 7日 (火) 07時32分

生きていても意味がないからというので、他人を殺して意味と快感を得るというパープリン。それも残忍な方法で。

投稿: bad | 2017年11月 7日 (火) 15時56分

@bad
貨幣経済のグローバル化は大量の孤独者や困窮者を作り出す。それらの中には当然(しっかり者の人間ばかりではないから)犯罪者やテロリストなども生じる。

(1)その未然防止策がないこと。
(2)実際に被害が生じてしまってからの対策(?)(警察力)しかないこと。

この、メジャー、マイナー両面での無策をこの記事は指摘している。グローバル貨幣経済は、人間の社会を荒野化する。どんな凶獣が現れても、不思議ではない。


投稿: iwatani | 2017年11月 8日 (水) 07時40分

なぜローカル共同体では孤独が発生しなかったのだろう。それは、一人ひとりがそれぞれ何らかの役割をになって、ちゃんと存在意義が認められていたからだろう。その代わり内部での監視や義務、義理に縛られていたのではないか。不自由。
一方、現代では共同体性はほとんど崩壊し、各個人が賃金労働者となり、各自自立して食い扶持を得られるようになった。しかし、この社会はカネだけがものを言う社会であり、まさに「カネの切れ目が縁の切れ目」というスーパードライな社会になってしまった。で、稼げない奴は追い詰められ、孤独者になったり自殺したりする。

さて、自分らがこれから目指すべき社会とはどんなんだろう。わしには先の二つの社会の真ん中を行くような社会だと思う。2コのどちらでもなく、どっちでもあるような社会。そのバランス。その止揚をささえるのが、本当に各自のやわらかなコミュニケーション能力だと思われる。そしてそれを適時に伝え合うメディアの存在。

投稿: n,s | 2017年11月 8日 (水) 08時00分

この社会や個人がバラバラなのは、絶対的な真実を見ようとしないからだ。
すべての個人に平等な真実、それは「死ぬこと」である。いつかこの世から居なくなることである。
この絶対に逃れられない事実を、前向きに捉えていけるかどうかが、人類の最終的な課題・鍵であると思う。  
どうせこの世もプロセスでしかないという、冷静で温かな視点があればよいと思う。

投稿: n,s | 2017年11月10日 (金) 07時54分

そんな簡単な問題ではない。

死の自覚の欠如が今の人間社会の悲惨な現状の原因の一部なら、上文はトートロジーであるし、両者が互いに無関係(それが正しい!)なら、上文は無意味な文である。n,sさんが浅っぺらいイナカのオッサン節から卒業するためには、世界の最貧地帯でボランティアしてみてはどうか。

投稿: iwatani | 2017年11月10日 (金) 18時19分

今日は神戸で姪の結婚式やったが、何かつかれたなーなんか馴染めんし(ワイがイナカモンやからか)、なにがそんなにメデタイんやろ。あーしんど。

投稿: bad | 2017年11月11日 (土) 21時11分

女性の好きなもの。イモ、旅行、おしゃべり、結婚式。

投稿: bad | 2017年11月13日 (月) 02時26分

で神戸の三宮から大阪まで電車に乗ったけど、割とフレンドリーな雰囲気で、東京では無かった感じである。東京はなんでかハイテンションでかつ事務的で。

投稿: bad | 2017年11月15日 (水) 12時02分

自転車で転倒してしまった、痛みはさしてないが膝あたりがなんか違和感ある、大丈夫だろうか?

投稿: bad | 2017年11月19日 (日) 11時37分

整形外科行けばすぐレントゲン撮ってくれる。

投稿: iwatani | 2017年11月19日 (日) 12時11分

今日はクリニックに行く日だったので、午後からいやいや整形外科に行って、レントゲン。異常なし。

投稿: bad | 2017年11月20日 (月) 16時01分

9人の被害者の写真を見て、よーやってくれたのワレと思ったが、女性達はコミュケーションが欲しかったんではないか?本当は。

投稿: bad | 2017年11月23日 (木) 23時00分

恋愛の成就とは、排他性の成就と同意義である。今の恋愛がぼこぼこ成就されると、それに疎外された孤独がぼこぼこ発生する。そして成就されたかにみえる恋愛も、時の経過によってスカスカに風化されていく。
やっぱ、そんなショーもない図柄なんて見たくもないし、あってもならないと思う。

投稿: n,s | 2017年11月25日 (土) 00時59分

やっぱ絶えず関係を変化させていくことが、本質を損なわずに済む方法だと思うけどなー。本質とは、自分の体も社会も地球も、「仮のすみか」ということである。だから、しばらくの間うまくやっていこうよ、ということである。

投稿: n,s | 2017年11月25日 (土) 06時53分

絶えず変化させる最大の利点は、執着を持たない点だと思われる。しがみつく必要(理由)がないのである。平等に見るというか。   どこまでも天涯孤独の身であるし、なんにも所有もできないのだから。ただその生体のなかに居るあいだ、一時的な触れ合いがあるだけである。(なら、笑っている方が得じゃん)

投稿: n,s | 2017年11月27日 (月) 04時33分

東京の言葉て言文一致の産物で、なんか表現力に欠けるよなあ。(東京の人ごめんなさい)

投稿: bad | 2017年11月28日 (火) 11時22分

五木寛之の孤独のすすめという本を買って読んだが、何じゃこりゃ!

投稿: bad | 2017年11月29日 (水) 12時51分

お母さんが入院してる介護施設も、考え方が共同体的形式なもんで、時々いやになるが。

投稿: bad | 2017年12月 6日 (水) 21時35分

> 時々いやになる
お母さん自身の居心地が極悪でなければ、それでよい。悪質な職員が、いないこと。

投稿: iwatani | 2017年12月 7日 (木) 07時42分

スティビーワンダーの心の愛(live in japan)であるが、なんとまあ客はオンビートで手拍子してるんや。曲の終わりにトテモアイシテマースとスティービー(涙)

投稿: bad | 2017年12月 9日 (土) 09時49分

>メディアとしてふさわしいメディアに
ドナ・サマーのLive And More/Encoreのパフォーマンスが素晴らしすぎて書いちゃいます。On The Radioである。これは別れた元カレが、歌い手の彼女あてに書いた一通の手紙がラジオのDJのもとに届いた所から始まる。その放送を偶然聴いた彼女の心境が歌われていくわけだ。
ま、なんというか、端的に言ってDj達が彼女や彼氏の、真の代弁者になっているのが素晴らしいのである。
They say it really loud
They say it on the air
On the radio, oh on the radio

「あの人たちは、それをはっきりと
おおきな声で 世界に告げてくれた」

なんか感動するのである。ラジオに流れることで、二人の愛は個人的にとどまることなく社会化、共有化される。ラジオというメディアを通すことによって。  そしてそのチャンスは万人にも開かれていると。   
ドナさんのたたずまいによって複合的に表現される世界観に、ただただ涙がチョチョ切れそうになるのであった。マル。


投稿: n,s | 2017年12月10日 (日) 06時49分

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