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2017年9月11日 (月)

他者不在とは何か

他者不在は、このコミュニケーション学/コミュニケーション理論の(おそらく人類初の)試行的スケッチにおける、最重要な概念のひとつだ。

この言葉を見て、なんだこりゃ?と思う人も多い、と思うから、ちょっと解説しておこう。

他者不在とは、人間の認識構造の中に他者がないことである。

何千年何万年にわたって、コミュニケーション不能を基本資質としてきた人類は、本当はコミュニケーション努力をすべき他者を、何でもかんでも「自家化」してきた。

神(絶対者、超越者)も宇宙も自然も、動物も植物も、そこらの他人も、そして自分自身も。

たとえば神を自家化する行為が宗教である。宗教は往々にして最上位の支配的規律だから、宗教は他者不在構造のトップに位置する。神は唯一絶対神であるはずなのに、宗教の数だけ神がいて、しかもそれら(==複数神)がすべて、各宗教の信者にとっては唯一絶対神だから、ここにはものすごい論理的錯誤(ルビ:むちゃくちゃ)があり、しかも彼らはそのことに気づかない。

みんな唯一絶対神を仰ぐわけだから、みんな仲良くすればよいのに、宗教を異(こと)にする共同体同士は、喧嘩(戦争)ばかりしている。宗教は神という他者への大々々失礼だから、早急に全廃すべきである。

他者不在はその唯一の他者を他者として認めることができず、複数の自家化された「元他者」を作り出す。

宇宙は他者としてリスペクトされていないから、今人類はそこをゴミ屋敷にしつつあるし、他の惑星などを平気で勝手に自分のコロニー(植民地)にする気だ。

一部の珍しい動物が自家化されたものを、動物園と呼ぶ。動物園は明らかに動物虐待だから、絶対に廃止すべきである。

他者の自家化は、いちばん分かりやすい例が、子どもの進路を自分で決めてしまう教育パパママだが、そんな“他者を勝手に操作する”の例は、家庭、学校、会社など至るところにたくさんありすぎる。独裁者〜独裁政権は、自家化に逆らう他人を排除拘束抹殺してきた、いや、している。

自然の自家化は、自然という他者からの厳しい復讐を受けることが多い。アフリカという、何万年もの人類居住の歴史があるところに、なんで今頃急に、おかしなウィルス病が発生蔓延してきたのかというと、その原因は某大国による原始林等の大規模乱開発だ。先祖伝来、荒らすことを禁じられていた原始林の資源略奪は、貨幣制度の強力な支配によって生じた、原住民たちのやむを得ない行為だった可能性もある。

他者不在の起源は、コミュニケーションという意思や努力のないところでは、他者は単なる恐怖と不安のかたまりだから、それらを大急ぎで自家化してしまうのである。

そして、偽り(いつわり)の安心(あんじん)を手に入れて、気持ちが落ち着く。他者は、永遠に疎外されっぱなしになる。

そして他人〜他共同体とは、互いに相手とのコミュニケーションではなく、有価財(のちの貨幣)の等価交換で関係の安定を維持しようとする。

このノン・コミュニケーション状況が、今や全世界全人類を支配しつつある。それこそが、テロをはじめ新しいタイプの犯罪の温床だ。

(この稿、今後更新あり)

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コメント

自己が他者でなければ

たとえば、プロ野球のバッターは全員10割バッターである筈である。

そうでは無いと言う事は、ひとはどんなにがんばっても3割くらいしか自家化できない、
ということである。

この世に他者であらざるもの無し。

投稿: 南 | 2017年9月12日 (火) 07時46分

>他者は単なる恐怖と不安のかたまりだから

ほんとに個人的に、高校時代躁鬱状態の自分にとって、うつ状態の時、人の目が怖かった。どう思われているのかが。今となってみればあんときの私は「自分不在」だったのである。全く自分に自信や信用がなく、ありもしない他人の自分への評価というものに、翻弄されまくっていたのである。他者の自家化なんてとんでもなく、ただひたすら自滅自縛の道を歩んでいたのでした。   

投稿: n,s | 2017年9月12日 (火) 21時04分

日本人は宗教といっても割りと色んな神さんを受け入れてきて、それなりには研究してきた民族だと思うのですが。遠藤周作の「沈黙」って小説(映画もあるな)を読みましたが、なんかキリスト教を受け容れない日本人が野蛮人っぽく描かれていて違和感を感じました。

投稿: musataro | 2017年9月16日 (土) 22時17分

@musataro
日本の神の起源は“氏神(うじがみ)様”であり、その階層のトップにいる司祭が天皇です。

理念的な唯一絶対神ではないので、戦争のバックボーンにはなりにくいですね。

投稿: iwatani | 2017年9月17日 (日) 07時49分

しかしこのままいくと地球上での人間の生存すら怪しいという所まできてるのに、一体どうするんじゃ。

投稿: bad | 2017年9月20日 (水) 22時43分

ここでの「自家化」という言葉は岩谷さんの造語だと思いますが、これは「他者をやすやすと自家薬籠中の物にする」行為を連想させる非常に含蓄の深い言葉ですね。念のため辞書引きました、てへ。:【自家薬籠中の物】自分の薬箱の中の薬のように、いつでも自分のために役立て得る物や人。思うままに使いこなせるもの(広辞苑 第5版)。

「自分の目の前にある何かを対象として捉えそれを我が物とすること」を意味する"appropriation"という哲学用語があるようで、この語はこれまで伝統的に「我有化」と翻訳されてきたようですが、今後はこの意味での"appropriation"の訳語として「自家化」を使うようにしたらいいかも。

ところで最近、北朝鮮をヤクザに見立てて、「ほんまもんのヤクザ同士やったらこんな風に行動するで」式のシナリオに基づいて同国との交渉術をレクチャーしようとする愚劣な人々(元組員とか元知事とか)がいるのだが、これらの人々は、まさに北朝鮮の自家化を行っている。つまり、自分が見知ったものに北朝鮮を例えることで、北朝鮮という他者を理解したつもりになり、ひとまずの安心を手に入れようとし、そして可能ならば北朝鮮という他者を自家薬籠中の物にしようとしている。彼らにとって北朝鮮とは、自分がプレイしている世界戦争のシミュレーションゲームやヤクザ同士の抗争ゲーム(どっちもやったことないけど)の中のキャラクターの1つなのだろう。

北朝鮮では同国の最高指導者(現在は金正恩)のことを最高尊厳(supreme dignity)と呼んでいるらしく、国民には最高尊厳への絶対的な忠誠心(absolute loyalty)が求められるらしい。日本に住んでいる人々が真剣に関心を向けるべきなのは、独裁者によって自らの心身と生命を掌握され、馬鹿げた最高尊厳とやらへの忠誠を自発的に誓うように仕向けられている北朝鮮の人民とその子供達が、現在および将来どうやって生き延びていくのかについてだと思う。

余談:ボウイの「Fantastic Voyage」に「尊厳(dignity)や忠誠心(loyalty)も大事だが、自分自身の命もまた大事だよ」、「この世に完璧な人間はいないが、だからといって、それがミサイルをぶっ放す理由にはならないよ」という歌詞があって、こ、これはまさに現在の北朝鮮のことを歌ったものではないかと思ったら、似たようなことを先に考えた人がいたらしく、「Song For North Korea」というタイトルで同曲のカバーバージョンをYoutubeに投稿しているのを見つけました。このビデオはスティービー・リクス(Stevie Riks)という名のイギリスのコメディアンによるモノマネなのですが、決してオフザケではなく、北朝鮮関連の映像をバックに最後までシリアスに歌唱しており好感が持てました。

投稿: kawabata | 2017年9月23日 (土) 11時57分

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