« 今本当に必要なことに気づく視野はオトコには無理 | トップページ | 愚が愚を選ぶ »

2017年7月22日 (土)

他者(自然)を勉強しろ!

シンボリックなひどさ、と書いたのは、二世代の母が死んで、子が死んで、胎児まで死ねば、文字通り人類滅亡だからだ。それを、オトコはやって平然とした顔をしている。原爆投下無責任、とまったく同じ構図。

シリアも、一刻も早く女性大統領になれば、解決へ向かうだろう。ラッカ解放軍の司令官が若い女性なのが、とても印象に残る。大統領の話題とは関係ないけど、死なないでほしい。

今回は、二つの本から引用してお茶を濁しておこう:

●スイス林業と日本の森林 (近自然森づくり)/浜田久美子/築地書館

【内容紹介】氷河に削られた痩せた国土、急峻な山国のスイスで、豊かな林業が成立しているのはなぜか。 徹底して「自然」を学び、地域社会にとっての森林価値を最大限に上げる「近自然森づくり」を進めるべく、一斉人工林から針広混交林へと移行したスイス林業。 その担い手を毎年日本の森に招き、その取り組みを地域の森林で活かそうと奮闘を続ける日本の林業者たち。 両者を長年取材してきた著者が、日本の森林と林業の目指す姿を探る。【出版社からのコメント】100年、200年先の木材市況など、誰も予測できない。自分たちがコントロールできない100年先の木材価格を当てにして、材木を生産するなど、ナンセンスではないか。日本に比べ、圧倒的に手厚い林業従事者への給与や社会保障を実現しつつ、小規模林業が成り立つスイスは、どのような仕組みを持って、そうした困難な条件を乗り越えているのだろうか。 スイス林業の現場で活躍するフォレスターに同行し、日本の様々な森づくりの現場をていねいに取材しながら、これからの日本列島の森づくりの指針ーーー生産林としてもレクリエーション林としても美しい森が、100年スパンで見て、最も生産性が高い森であるーーーを鮮やかに描く。 森づくりを深く取材しながら、市民としての視点を失わない著者だから書けた本書は、著者の家の内装を施工した有賀恵一さんの共著書『樹と暮らす』と併読していただくと、読書の楽しみが倍加します。

●森林業 (ドイツの森と日本林業)/村尾行一/築地書館

【内容紹介】半世紀以上にわたり、森林生態学、森林運営、国有林経営を研究し、ドイツでも教鞭をとった著者による日本林業回生論。ロマン主義思想とともに発展し、今や一大産業へと成長し、世界をリードするドイツ森林運営の思想と、木材生産の実践、ドイツ最高の頭脳が集まる人材育成・林学教育を解説。それを踏まえて、21世紀の日本社会にふさわしい、生産・流通の徹底的な情報化、乾燥管理、天然更新から焼畑林業までを提言する。【出版社からのコメント】森林ジャーナリスト田中淳夫氏の書評:http://ikoma.cocolog-nifty.com/moritoinaka/2017/05/post-fc19.html ドイツトウヒなどの針葉樹の途上国型一斉造林による、「森林栽培業」を大きく転換して、森のめぐみをていねいに引き出す、「総合森林業」へ大変身を遂げたドイツ林業とドイツ林学。現代ヨーロッパの、ベスト&ブライテストが集う人材育成の仕組みづくりこそ、その変身の鍵であったことを、ミュンヘン大学で教鞭をとったこともある著者が、生き生きと描きます。19世紀、ドイツロマン主義運動が花開いた、ドイツの森と人間社会の歴史をひもとき、かつては、「卑しい職業」とドイツで蔑まれていた林業従事者が、最も人気と尊敬を集める職業に変わっていった様を描く本書は、将来の興隆する日本林業の姿を鮮やかに浮かび上がらせます。スギ、ヒノキだけでなく、広葉樹を含めた美しい日本列島の森に関心を持つ市民と、森林育成、運営に関心を持つ実務家にとって示唆に富む内容になっています。

いずれも、一斉人工林から自然林に近い混交林へ、というところがミソだ。


|

« 今本当に必要なことに気づく視野はオトコには無理 | トップページ | 愚が愚を選ぶ »

コメント

なんかねー問題の根本は、ユダヤ教天地創造の言葉、「地にあるものを全て支配(管理)せよ」の言葉にある気がする。彼らにとって自然とは、心底では自分に都合よく操作して良い対象物にすぎないのじゃなかろうか。とんでもないことである。それにまんまと乗っかってしまった日本人。

やはり古代、まるで現実に楽園のようだった日本の環境と、現実に荒廃した不毛の地であったイスラムの環境のちがいなのか。
我々の進むべき道は、どちらの道か。

なんかねー、彼らは生き延びるにはものすごい過酷な環境だったから、いやがおうでも万物を殺さなくては生きていけなかった。そこには感謝もへったくれもなかった。あるのはそれを認めて許してくれる神への感謝である。そして戦うために武器が力強く発達した。そして圏外進出である。その惰性である今。    むごい話である。    

投稿: n,s | 2017年7月23日 (日) 10時14分

もより図書館で『森林業』を所蔵していたので読んでみました。
秋田杉を活用しようとしたキャリア組と、それを阻止したノンキャリア。これもやはり「イナカモノの光景」なのでしょうね。
(東北出身者として肝に命じます)
ドイツの森って、東京や大阪の郊外に、白神山地や屋久島がある感じなのかな〜と勝手に憧れてしまいました。

投稿: 佐藤 | 2017年8月15日 (火) 20時24分

本にも書かれているように、スイスでも山と林業の大改造は、災害が契機だったようです。日本では、なぜその発想がないのか、おかしい。

投稿: iwatani | 2017年8月17日 (木) 07時31分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/140652/65567735

この記事へのトラックバック一覧です: 他者(自然)を勉強しろ!:

« 今本当に必要なことに気づく視野はオトコには無理 | トップページ | 愚が愚を選ぶ »