いじめで自殺しないために
未来のコミュニケーション理論/コミュニケーション学のラフスケッチをやっているこのブログ(と前身のエッセイ集)で、もっとも重要な概念のひとつが「他者不在」だ。
他者不在とは、心が(脳が)、他者を他者として存在せしめていない、ということ。他者を、自分という毛布の中へくるんじゃっていること。そこから、いじめ自殺もそうだけど、ありとあらゆるコミュニケーション不能の悲惨が生ずる。
他者を他者として存在せしめるとは、他者をはっきり、くっきり、discreteに、自分と完全に切り離して、自空間でなく別空間に置くことだ。
いじめをする他者を、ちゃんと他者たらしめるとは、そいつを、「なに?この人?」といった、醒めた目、けげんな目、冷たい目で見ること。そうやって他者を自空間に置かず別空間に置けば、こっちの心も脳もいじめに対して反応しなくなる。ちょっと、蠅のようにうるさいだけだ。うるさいから、その場を去ればよい。あんまりうるさければ、究極の「去る」として登校拒否をすればよい(親や教師にちゃんと説明してから)。登校拒否には、親といえども、他人がとやかく言う権利はない。本人の自己防衛策だから。
自分にとって有益な他人(楽しい、おもしろい、ためになる、趣味が合う、やさしい、等々)だけと、つきあえばよい。あとは、無視、無反応が、心の健康の鍵であり、自殺へのドアのシャットダウンだ。そうやって閉じてしまえば、二度と開かない。
いわゆる人付き合いのヘタな人なら、自分のやりたいことに毎日没頭すればよい。そうすれば、それを通じて、いずれ、本当の友だちができたりする。
他者不在の逆の、他者が他者として存在するとは、他者を他者として“つっぱねる”ことである。いじめっ子のそいつが何を言おうと、完全に不感症、そして、無関心になることだ。完全に他人視、他者視する。そして、関心を持つ価値のあることだけに、関心を持とう!
いじめには、あなたが関心を持つべき価値がゼロである。だからさっさと無視、去る、逃げるが勝ち。
いじめをやる連中を、完全な他者として、別空間へつっぱねておこう。自殺しない、健康者であるために。
反応しておもしろいことだけに、反応しよう。くだらんことに、いちいち反応する、「心の無駄遣い」をやめましょう。
無価値なものへの反応は、泥沼の道だ。足を取られてしまって、人生を前進できなくなる。自殺へのドアが、あなたを招く。
自分にとって本当に価値のあるものにのみ、反応しよう。
そして、
他者は、別空間に置く。
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badさんも、えーかげんにして、もっとしゃんとしなさいよ!
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コメント
自殺しないために追加でこんなのはどうだろう。
① いじめっ子の心根を見る
たぶんコンプレックスの塊だと思う。自分に相当の弱さがあるために、それを誤魔化したりそれよりも優位に立つために、似たような弱者を痛めつけるのである。そうしないと自分が成立しないからである。なんのことはない、いじめっ子とは一番弱い奴のことではなかろうか。 いや、そうにちがいない。
② 充分に間合いを取る
iwataniさんとかぶるけど、相手の射程距離の中に入らない。心の距離で、どこからどこまでが相手の攻撃範囲で、どこまで離れると自分が傷つかないのか見極める。その関係を客観視して自分の立ち位置を決め、それ以上近づかない。目の前にいようと、心の距離はずっと遠くに設定する。 あっち向いてホイっ、である。まぁ、あとは打たれても傷つかない図太さ(自信)が持てれば最高だけどさ。
投稿: n,s | 2017年4月11日 (火) 01時56分
追加
① いや、そうにちがいない。なんでそんな奴のとばっちりで傷つかなならん。アホかっ。
投稿: n,s | 2017年4月11日 (火) 02時18分
いじめっ子は精神障害者です。
治療の対象者です。
投稿: 南 | 2017年4月11日 (火) 07時30分
> いじめっ子の心根を見る
相手に関心を持たない、が本文の主旨。
(そんなことやってるヒマはない!)
勝手な関心は、往々にして、他者不在のかたまりである。
投稿: iwatani | 2017年4月11日 (火) 08時15分
すみません。
投稿: 南 | 2017年4月12日 (水) 07時08分
いまさらですが、アホかっ、は本当は、アホらしいとか、アホくさいと書くべきだったのですが、勢いがついてアホかっと書いてしまったのである。訂正します。
あと、「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」、の言葉があるように、冷静に分析する時間を持つことも危機を避けるには必要かと。
投稿: n,s | 2017年4月14日 (金) 23時52分
中二の時、二三カ月ぐらいキ○ガイにリンチの様ないじめにあったが、そいつはいきなり机の前でその場猛ダッシュしたりしてもーとんでもない奴だった。原因は僕が異常に頭が良い事に嫉妬したんである。
投稿: bad | 2017年4月15日 (土) 23時37分
段々といじめる奴の正体が、見た目だけでは分かり難くなっている事も注意しなければいけない点です。怖い世の中です。
投稿: musataro | 2017年4月16日 (日) 01時46分
youtubeの苫米地英人のエモーションコントロールといのが勉強になった。
投稿: bad | 2017年4月17日 (月) 15時05分
自殺しない方法。
普段から自分の死を自覚しながら生きてくこと。自分の死というものを横に置いて生活すること。死を遠ざけない、いつあってもおかしくないのだから。生と死は紙一重である。今の様々な事件を見てもわかるとおり、いつ自分の身に起こっても不思議じゃない。(そして相手の人も死を自覚してるなら、出会いとは死者と死者の出会いでもある。何を悪びれる必要があろうか。また、急に起こったとしても慌てふためくこともない)
さてそれを踏まえて生きてればどうなるか。わざわざ自分で自分の命を絶つなんて面倒くさいことをする気がなくなる。自分でしなくても、それはかってにやってくるんだから。将来必ず体験できるんだから、焦ってそれを今やる必要がないじゃない。今がもったいない。 アジャパーである。
死とはすばらしいツールではないか。人間、死を横に置いて生きてるならば、どんな人との出会いも一期一会じゃないか。貴重なハプニングである。死を自覚してるなら、見る光景すべてが一期一会である。自分の持っているものが、最後には全てごわさんになるならモノやカネに執着しても意味がない。持っていけるのは気分だけである。それならいい気分を持っていくほうが気分がいい。くだらないことをやっている暇はない。生を輝かすことに専念できるのではないだろうか。
投稿: n,s | 2017年4月23日 (日) 08時21分
中二の時の虐めはトラウマといえばトラウマだが、それは狂気の沙汰でワケが分からないという類のもので、解釈しようがないのである。単に気持ち悪いという感じで。
投稿: bad | 2017年4月25日 (火) 21時37分
原発事故から避難してきた子供が、避難先で賠償金目当てでいじめにあい自殺した。同級生だかに遊興費とかでカネをむしり取られていた。こういういじめっ子の心の傷うんぬんではない、単に暴力団的ないじめには完璧に「逃げるが勝ち」が正解なんでしょう。コミュニケーションの基本、ホーレンソーできない弱い子はあかん。。
If you care,you must dare to be free as the air.
逃げ道選択枝は整えておくのが大人の責任。教育者がいじめを隠そうとするのが問題である。人間の質が落ちているなら、いじめはあって当然である。
投稿: n,s | 2017年5月11日 (木) 06時42分