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2017年3月20日 (月)

人類の新しい常識(1) 社会の全員が有賃労働をしなくてもよい

とにかく、政治の力などが、まともな賃金の有賃労働、いわゆる雇用を作り出す能力には現実的な限界がある。そのときの社会が必要としている有賃労働の量は、一定だ。

何度も何度も書いてきたけど、有賃労働をしていて収入がある==善、それがない==悪(負い目(stigma)がある)、という現在の人類の常識を、完全に消し去る必要がある。

たまたま有賃労働を持つ人と、たまたま持たない人は、あらゆる点で互角であるべきである。

有賃労働をたまたま持たない人も、平気でふつうに暮らせるべきである。

良質な家族の中のように…。

多くの人が年末に歌う歌の歌詞のように、すべての人類が兄弟なら、人類社会をひとつの家族と見るのに無理はない。そんなナショナル政治とグローバル政治を、目指そう。そうすれば、人類は進化の次の段階へ向かえる。

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コメント

商品という概念の破棄

「ヤサイの光景」

個体という概念の復権

投稿: 南 | 2017年3月21日 (火) 07時37分

兄なんか生活保護をどう思うかと聞くと
あんなものはバカだのと言ったけどな。

投稿: bad | 2017年3月21日 (火) 17時11分

見渡す限りそんな考え方してる人いまへん。クソッ。

投稿: bad | 2017年4月 6日 (木) 23時35分

① それくらい余裕たっぷりな人間社会にならないと、国際司法を認めることも働かすこともできないだろう。逆に言うとそれくらいの社会なったら、国際司法なんて必要ないのでは? 国際犯罪なんてめんど臭いことする気にもならない気がする。
② 有賃労働をしなくてもよい人とは、お年寄りや障害者の人を指しているのだろうか。それなら分かる。

投稿: n,s | 2017年5月 2日 (火) 06時45分

うちの職場にもテッチャンというのがいる。もうすぐ70ぐらいだが一生懸命働いている。子供がいないので奥さんと二人暮らしである。若い時のムチャで体もそんなに強くないのだが頑張っている。
たしかに70前後になるともう、働きたい時に働くという生きていくための義務ではない方が、断然すばらしい。もともと日本人というのは、働くことが好きなんだと思う。「仕事は薬」という名言まであるのだから。

要は働く場所の人間関係だと思う。それが健全ならどのようにも可変的にいけるのじゃないかと思う。そしてそれ次第で、薬にもなれば苦役にもなるのである。
あーこりゃこりゃ。

投稿: n,s | 2017年5月 9日 (火) 07時17分

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