« 治安と戦争 | トップページ | “労働市場”を廃語に »

2017年2月12日 (日)

クロちゃんアホな私を許してな

中学生のころは、動物への関心がまったくなくて、毎日のやることといえば、本を読むか、半田ごてを握っての電子工作か、どちらか、という人間だった。福岡市内の、秋葉原的一画には、よく通(かよ)った。

そして、今でもよくあるらしい、親の、子どもに対する一方的な配念というやつで、あるとき、子犬が一頭やってきた。最初のうーんと小さいときは、自分のふとんの中へ入れて一緒に寝たりしていたが、元々動物に関心がないものだから、そのうち、ほったらかしになってしまった。

食べ物は何を与えていたのか、散歩はさせていたのか、などなど、具体的な記憶がいっさいない。毎日、汚い、冬は寒い納屋につないで放置され、たぶんまだ三歳にもならないとき、死んだと思う。一緒に遊んだ、という記憶もない。死因は、目の瞳が緑色になる、ジステンパーという病気だった。抱きかかえて、橋のない浅い川を徒歩で渡り、町の動物病院へ運んだが、時すでに遅しだった。親から500円札を一枚渡されたが(今の5000円ぐらいの価値か※)、親がその犬に金を使ったのも、後にも先にもそれが最初で最後だっただろう。

※: いわゆる消費者物価指数ベースで計算すると、当時(1950年代後半)の500円はほぼ今の3000円となる。しかし私の主観としては、当時の500円はもっと大金の感じ。

このところ毎日厳寒が続くので、その体重10キロもなさそうな、小柄な黒い雑種犬への、私自身の非情無情を思い出してしまうのだが、当時は社会全体としても、犬や猫は室内飼いすべし、という“常識”はない。予防接種、という慣行もない。今ふうにまともに飼っていれば、三歳にもならずに死ぬことはありえなかったはずだ。

人によくなつき、人を完全に信じている犬は、「純なる魂そのもの」と呼べる宝石のような生き物であり、当時、動物無関心人間だったとはいえ、そんな純なる生き物に粗略な扱いをしたことが、非常に後悔される。その魂に、心から謝りたい。私の人生のその部分は、万死に値する。

幼い犬を冬は連夜、極寒の納屋に暖房も毛布等もなく、戸のない吹きっさらしの中に放置するのは、相当残虐な動物虐待だが、当時の馬鹿な私は全然そのことに気づかないのだ。本当に、ひどいことをした。許される余地はまったくない。犬は、吠えるでも鳴くでもなく、黙ぁっていた。本当に、申し訳ない。

人は、自分の中に、純なる魂そのものを見たとき、感じたとき、その反照として、動物が見えてくるのかもしれない。孤独な個としての自己を、自分の中に(うっすらとでも)感じたとき。それと同じものが、見えてくるのかもしれない。

それが分かっている今の状態で、あの、納屋つきのボロ家(や)に戻り、クロちゃんを抱きしめ、一緒に走ってやりたい。犬に、犬らしい人生を与えたい。

後悔先に経たず。

光陰矢のごとし。


現代も未来も、親が子どものために犬を家庭に導入するときは、その犬の生活・安全・健康・衛生等々に関して親が100%の責任を持つことが重要である。子どもを、“犬の散歩係”とみなしてはいけない。必ず、親が同伴すること。猫やそのほかの動物(あるいは植物)に関しても、同様のことが言える。

|

« 治安と戦争 | トップページ | “労働市場”を廃語に »

コメント

うちには、ちっちゃいころ教会に捨てられていたのを妹が引き取ってきたわんこがいるけど、この子は初対面から尻尾ふってあたしに駆け寄ってきたわ。もちろん今もあたしが帰ってきたら尻尾ふってわんわん駆け寄ってくるわ。こいつには「人を疑う」なんて気持ちは欠片もないのだわ、きっと。

投稿: のうさぎマリコ | 2017年2月12日 (日) 23時07分

動物の無言の思想はひょっとしたら万巻の書よりも偉大かもしれない。

投稿: 南 | 2017年2月13日 (月) 08時31分

@南
そのとおりですね。
真の存在そのものですから。
(道元禅師も同じことを言ってたと思う。「如来」とか「真如」と言うんですね。)

人間の場合はそれが、厚い硬い包皮状態(皮被り)なので、昔は禅などの“修業”が必要、とされていた。

しかし私は、そういう、特殊化(専門家化…僧職など)には反対です。もっと、思想として日常化すべき、と思います。そうすれば社会は徐々に、コミュニケーション社会へ向かって進化します。

さしずめ、もっとも頑固で強力な皮が、貨幣関係と共同体性でしょう。

投稿: iwatani | 2017年2月13日 (月) 13時53分

「コミュニケーションを取るとは」
うちの会社は酔狂な会社(女社長)で、講師を招いてコミュニケーションについてセミナーを開いてくれたりする。そこで学んだことをひとつ。(対象化すれば動きやすくなるのではないだろうか)

図式的に言うとコミュニケーションが深まっていくというのは、起点から右肩上がり昇っていく状態ではない。起点から、おわんのように底にもぐって、また上昇するように進化するらしい。底にもぐるとは、不安をかかえることらしい。「こう言ったらどうなるか」と相手の反応を心配する事である。そこでコミュニケーションをとるとは、その不安を乗り越えて言葉を発することであると。

人は傷つきたくなく、自分を守ろうとして不安を感じた時点で、次に発するべき言葉を止めてしまう(穴ぐら根性)。それでもコミュを取りたいと思うなら、その躊躇する心を取り外さなくてはいけない。
その時の心構えである。 「なにごとも最初から、正解不正解が決まっているものではない。やってみて分かるものだ」 ということを前提とするのである。小さな失敗を積み重ねながら物事は成就するのである。なんでもやってみりゃいいのである、最初からのキメキメの成功なんかありゃしないと、余裕を持てる心や環境を保つことが大事なんだと思う。
さてさて、そのように不安を何度もなんども乗り越えて、人は人とコミュニケーションを深めていけるのである。そしてその先には、相手との安心や喜びというのを持てるのだと思う。

投稿: n,s | 2017年2月14日 (火) 10時33分

訂正;
乗り越えて⇒くぐり抜けて

というのを持てるのだと思う⇒
というのが待っているのだと思う。

投稿: n,s | 2017年2月14日 (火) 10時56分

 ヒトではない動植物のほうが鋭く〈他者〉である。ことがある。
 他者性において保留が無いからだ。

 所謂〈言語〉を持たぬから、と考えてしまいたくなるが、私は〈言語〉を他者性の隠蔽や消去や忘却のために用いたくないし、そうではない用いかたがあると思っている。

 「包皮」を剥くのに、言語は有効だと思っている。


投稿: 市川智 | 2017年2月14日 (火) 12時12分

>「包皮」を剥くのに、言語は有効
そうそう、なんでも言わなくちゃ分からない。以心伝心なんて、ありゃ嘘だ。英語ではテレパシーと言うらしい。

投稿: n,s | 2017年2月14日 (火) 16時02分

1962年生まれ、子供時代に同様の経験をしています。思いだすと心がギリギリ痛い。無知ゆえの残酷さ。犬は外飼いが当たり前でした。ご飯に味噌汁かけたものを与えてたり・・

自分が生まれた時、家で飼われていた猫たちが捨てられたそうです。
今、愛護や動物福祉をサポートしているのは当時の贖罪かも。自分の黒い黒い過去を思いだしました。

投稿: ペリカン | 2017年2月14日 (火) 23時14分

40年以上も前、我が家にもチョンベというメス猫がいたんだが、当時の頃はチョンベも自由に外を歩かせたしちゃんと子猫を産んで母親になることもできた。やはり車にひかれてしまったか、早くに死んじゃったけど、短い割に充実した生を送ったんじゃないかと思う。今の飼い猫チョンは長生きしてるけど、家から一歩も出られず、これはこれでさみしい生活を送らせているようで、なんか心が痛むのである。どっちがしゃーわせなんか分からないと思う。

投稿: n,s | 2017年2月25日 (土) 22時43分

1974年(14才)頃、日本近代文学の起源や
ポップ宣言みたいな事を考えてたが、もしかして死んだ猫が教えてくれたんじゃないだろうか?でもしかしそんな考えも○チガイにムチャクチャにされた。一体精神病とはなんだろうと深く考えたが。

投稿: bad | 2017年2月27日 (月) 21時26分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/140652/64883501

この記事へのトラックバック一覧です: クロちゃんアホな私を許してな:

« 治安と戦争 | トップページ | “労働市場”を廃語に »