« 脱オトコ修行教程: 第2回: 「無限科学」の禁止and/or「対象知」の正当な降位 | トップページ | 就活は当人とその企業の両方をダメにする »

2016年10月17日 (月)

なぜ人間だけが自然と仲悪い?

先日は、日本が将来The RAPE NATIONにならないための性教育素材を書き、さらに最近は、いかにもオトコ臭い“無限科学”を否定する文を書いた。

この二つのことを、たまたま同時に想起すると、『オトコっぽい無限科学は自然に対するRAPEではないか?』、と思われてくるのだ。その前段階としての、(性犯罪的)“のぞき行為”もあると思われる。

自然に喜ばれる、そして自然に喜ばれることが人間への恵みにもなる、自然との仲、のあり方を、指向すべきではないか?

今、ハイチのハリケーン被害が大きく報道されているが、あそこらは、何千年も前から、生活の中で、ハリケーンは当たり前の現象のはず。自然とうまくおりあいながら、うまく受け流しながら、生きていく知恵が、絶対にある/あったはず。

「自然災害」と言う言葉を死語にすることを、人類の長期目標にしたらどうか。多くの場合、自然が悪いのではなく、人間の生き方・態度が間違っていたのだから。

「自然災害」という言葉には、とても愚かしい傲慢臭がある。自然をもろ、“他者不在”化している。それがそもそも、in the first place、大災害の根因。傲慢不遜に“自然災害”と呼んでいるものの99%は、本当は“人間災害”じゃっ!!

ハイチも、今さら被害が云々されるのは、どこか間違った生活づくりがあったからではないのか?
(やむを得ない、間違いであった、とは言え…。)

ここで、うちの「かぼすの木」の話を書くと、みえみえの自慢話になるので、やめておこう。

|

« 脱オトコ修行教程: 第2回: 「無限科学」の禁止and/or「対象知」の正当な降位 | トップページ | 就活は当人とその企業の両方をダメにする »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/140652/64360506

この記事へのトラックバック一覧です: なぜ人間だけが自然と仲悪い?:

« 脱オトコ修行教程: 第2回: 「無限科学」の禁止and/or「対象知」の正当な降位 | トップページ | 就活は当人とその企業の両方をダメにする »