未来はDependenceにあり
イギリス独立党のファラージというおっさんは「イギリスのトランプ」みたいなオトコで、“6月23日を独立記念日(Independence Day)にしよう”、なんて脳天気をわめいていた。
今、投票やり直しを求める請願(陳情)に署名が300万集まっているというが、その根拠の一つが「正しくない情報のもとで投票が行われたこと」。その犯人の一人が、ファラージ氏だ。真っ赤な宣伝カーに、嘘八百を大書していた。
20世紀までの独立は、主に、植民地主義という名の搾取からの解放だから、完全に肯定的な意味があった。21世紀になった今も、たとえば、沖縄は独立が欲しいだろう。
EUのような組織は外部搾取者ではなく、あなたも会員の一人であるところの会員組織だから、“独立”の語を用いるのはふさわしくない。自分も構成者なのに、ひとごとのように言うのは、愚か者の証拠。
ところでうんと初期の初期のLinuxは、アプリケーションのインストールは完全にユーザーがやっていた。それがだんだん面倒で難しい作業になってきたから、ディストリビューションが用意するパッケージングシステムが徐々に発達してきた。
それは、個々のソフトウェアが抱える“依存性”(dependencies)が、ものすごく多様複雑になってきたからだ。一つのソフトウェアが、10も20も30も40もの、他のソフトウェアに依存している。それらのバージョンが一定に揃わないと、正しいインストールはできない。
その、ものすごい面倒を、個人の労力から解放するために、パッケージングシステムが生まれ、成熟してきた。それでもRed Hatの初期のRPMなんか、依存性解決能力が完全でなくて、使うのに苦労した。
そうやってソフトウェアは、事実上のコミュニティ(共同体)になってきた。
国家も、そういう意味での依存性のかたまりになってくると、もはや、軽率に戦争はできない。Independenceではなく、Dependenceにこそ、人類社会の明るい未来はある。
イギリスは依存され、そしてイギリスも他(多)に依存している。そういうコミュニティこそ、国家社会の理想的なあり方だ。
欧州連合(EU)と日本の不戦憲法は、人類の希望である(国家レベルでやることの中では)。それあるからこそ、現代における人間としての生を、かろうじて許容できる。
希望を足蹴にしたファラージらの真の魂胆が那辺にあるのか、イギリス人もそろそろ馬鹿から醒めて、見極める必要がある。困難の真因(犯人)は、EUそのものにあるのではない。
もちろん今のEUも、完璧にはほど遠い。依存性は、みっしりと充実した多方向的相互依存性でないと、安定永続しない。EU自身もルールの抜本的アップデートが必要だ。脱会者の増→組織の瓦解、を招かないためにも。
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この毎日新聞の記事は、運が良ければ向こう1か月はリンクが生きているだろう。「離脱派の主要人物が訴えてきた公約の「うそ」を認め、国民から強い批判が出ている。ツイッターでは「離脱への投票を後悔している」という書き込みがあふれ、英政府に2度目の国民投票を求める署名は350万人を突破した」、という内容。
●決定がひっくり返る可能性は?。
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※: 6月28日現在で請願署名は370万を超えている。ロンドンで17歳の女の子が「90歳の人たちが私たちの未来を決めるのは理不尽」と言っている。子や孫のことを考えて投票する器量やインテリジェンスは、多くの人に期待できないだろう。再投票が唯一の救いだな。
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