« 人間の孤独の先鋭化 | トップページ | 「他者不在」という概念について »

2016年4月 4日 (月)

「ためぐち」の効用

この、コミュニケーションをメインテーマとするブログの、前身のようなエッセイ集で、日本人は一般的社会のレベルで「ためぐち」を使うことに対してきわめて否定的である、と書いたことがある。日付は2007年6月となっているから、今からほとんど10年前だ。

そのころは、いわゆるフレンドリーな日本語、なるものを、試作し試用することが、ほとんど不可能であった。最大の原因は、その需要や問題意識が一般的に存在しないからだ。

さて、今は、それから10年近く経つだけでなく、インターネット上で、LINEとかTwitterとか、より気軽なコミュニケーション手段が発達している。

そして、たぶんそのこととパラレルに、売上成績の良いアパレル店員や、機内飲食物サービスのないLCCのCAらにおいて、お客さんとの「ためぐち会話」が発達しつつあるらしい。たまには、テレビ(とくにリアリティ番組)も見るもんである。

お客との会話にためぐちを使うのは、自分が客に対して「上」でもない「下」でもない、「横」の関係、仲間、お友達である、という訴求だ。短時間であれ、そういう関係の雰囲気を築かないと、服がスムーズに売れない、そのLCCの好感度が上がらない、という本能的直感だ。意図的な職業テクニック、と言ってはいけないのだろう。

で、私は何を言いたいのか。何を言っていいのか、分からないのである。まだまだ日本は、ためぐちが猛烈に否定され非難される場の方が多いはずである。「その意図」が理解されない。でも一方で、「あそこのお店へ行くと店員の××と楽しい会話ができる」とか「あの便に乗ると美人CAの○○と短時間、お友達でいられる」てなことは、この孤独先鋭化時代において、ささやかなオアシスだろう。

あの、Apple(等)下請け企業Foxconnに買収されてしまったSHARPについて思うのは、「うちみたいな大企業が単品集中は危険。常時、10テーマ以上のR&Dプロジェクトが動いてないと、明日のメシのタネがなくなるぞ」と、上司にためぐちで言える若手社員が一人もいなかったんだろうな。まじめな話、企業内コミュニケーションにも、ためぐち革命が起きないと、やばいんでないかい。

|

« 人間の孤独の先鋭化 | トップページ | 「他者不在」という概念について »

コメント

そういや昔、三波春夫の「お客様は、神様です」という迷セリフがあったなー。当時の自分はなんとなくそれに納得していたけど、今はうすら寒い嫌悪感を感じる。お店とお客の関係が、「上」でもなく「下」でもなく「ヨコ」であるってのはいいよなー。その時、貨幣ってのは権威じゃなく単なる記号に成り下がってるような気がする。甘いかな。

会社の中でもためぐちを使いたいけど、階層を維持したいやつらは目くじらを立てるだろう。ピラミッド型の組織でないと気がすまない人からみれば、許しがたいことである。なんまんだぶ、なんまんだぶ。

投稿: s、n | 2016年4月 5日 (火) 07時18分

例えば上司に対しても「英語脳」だと「ハアイ!ジョン」とか自然に声にだせそうですが、日本語の場合だと「やあ!太郎!元気ぃ」とか言えないなぁ。さすがに。とにかく「会話」の多さッテェのは大事ですね。

投稿: musataro | 2016年4月 5日 (火) 08時04分

競争社会で友達づくりは不可能。

低成長時代になったら可能になるか??

投稿: 南 | 2016年4月 5日 (火) 08時30分

実践倫理の人が来てしつこくて、訳がわからない。

投稿: bad | 2016年4月 8日 (金) 11時17分

ムヒカさんて優しい顔してるなあ。

投稿: bad | 2016年4月 8日 (金) 23時13分

ムヒカさんは言っていた。「幸せの中身をチェックしなさい」と。あっしの幸せとは、自分のする事によって相手の喜びが生じている時が、そうじゃないかなーと思う。自分と他者のあいだで喜びが成立している時が、幸せじゃなかろうか。   それには、リラックスした状況が必要でんがなー。

投稿: s、n | 2016年4月 9日 (土) 20時29分

ムヒカさんには、経済発展という「愚・うそ」について大きな一発を入れてほしかったなー。それこそ「世界一貧しい大統領」の役目のような気がする。貨幣のみがどれだけ発展しようが、逆に我々は不幸になるという真実を。

投稿: s、n | 2016年4月10日 (日) 01時53分

なんも関係ないが、渋谷陽一のしゃべり
を聴いてると、なんかエモーショナルが
欠けてるように思うんだが,,

投稿: bad | 2016年4月10日 (日) 20時34分

 三波春夫は舞台を当人が感極まるぐらい盛り上げてくれた
彼にとって上質な、お客に向けて感謝の気持ちを表す言葉として、こう表現したんだけど
曲解されて言葉が、質の悪い買手売り手の
言い逃れとして利用されてるのが現状だね

投稿: | 2016年4月11日 (月) 01時29分

nttの代理店から電話勧誘があった。前回は30分ほど会話があったが、今日断りの返事をすると、1分もしないうちに終わりでである。なんじゃこりゃ。

投稿: bad | 2016年4月11日 (月) 13時13分

@ on
そうだよねー、春夫のあの笑顔と手を広げるポーズからして、感謝の意だよね。だけど今のオレには、感謝して上に置くより、同じ仲間としてヨコにいてくれたほうが、ありがたい気がするのである。

貨幣の物理的な残虐さは別にして、人の幸せって「貨幣の有る無し」じゃない気がする。どれだけ大金をもっていようが、そのせいで不幸になる・人間性を失くすやつっていると思うのである。ほとんどの人間はそうなると思う。逆にカネを少ししか持っていなくても、現状に対して「足る」ことを感じられる人間は幸せなんだと思う。
土台、平等に暮らすというという事に無理があるように思う。ヒマラヤのふもとに暮らす人とハワイに暮らす人が同じ生活をできるわけがない。同じ生活をしようとしたら、地球そのものを壊さないといけない。人間全員が南洋に暮らせるわけでもない。
要は、貨幣っていうのは「足る」ことを知らない強欲・傲慢な種がうみだした不幸の元凶じゃないだろうか、ということである。貨幣経済というものを撤廃しようがしまいが、人間の根底の心根というものにメスを入れないかぎり変えられない気がする。    (なんかまた恥をさらした気がする。)            

投稿: s、n | 2016年4月12日 (火) 06時40分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「ためぐち」の効用:

« 人間の孤独の先鋭化 | トップページ | 「他者不在」という概念について »