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2016年3月28日 (月)

遠景としてのアラブ中東

なーーんであのへんが急に、しかも無限(無間)地獄みたいに果てしなく、ややこしく、集団暴力の応酬地帯になっているのか、ずーっとズームバックしてロングショットで考えてみたい。

そして、たぶん気づくことは:

・西欧型近代国家という社会構造が彼らには合わない。
・しかもそれらが、西欧列強が押し付けた(彼らからすれば非現実的な)区分(直線状の線引き!)であること。

遠景として漠然と見える彼らの本来の社会構造は、相当複雑怪奇な部族社会だ。いろんな歴史的来歴を、今でも彼らの現実として引きずっている。

「アラブの春」などを契機として、従来の強権政治のタガが外れてしまったのは、とりあえず良いことだったとしても、そのあと噴出してきた旧社会的マグマは、このままでは収拾のめどが立たない。

西欧型近代国家==絶対善、絶対的な実現目標

という考えを反省し、彼らが納得できる、彼らに合った社会構造の実現を、目指すべきではないのか。西欧が植民地主義時代に無神経にやってしまったことを、リセットすること。

上記とほぼ同じことが、アフリカの現状に対しても言えるだろう。

※:日本の都道府県もアメリカ等の州も、自治権は有名無実で国家権力が圧倒的に強いが、逆に構成部位の自治権が圧倒的に強い“近代国家もどき”は、彼らにとってありえるかもしれない。

※: 直線的な国家線引きといえば、あの、日本のすぐ近くの半島も、できるかぎり早急にリセットすべきだ。

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コメント

人間の創りだすものに、絶対善というものはないと思う。どうように絶対悪はどうなんだろう。これはあるな、やっぱり。原爆(武器)やLSDとか。
まえにISは敵対関係を存在基盤にしてると書いたけど、なんのことはない国家というのも存在基盤は支配者による敵対関係だと思う。それを世界中の人が正しく認識し、それを融和の方向にもっていけるか、もっていきたいと望むかが問題だと思う。

ぁっアー はてしないー ユメを追いつづけェ~ェ、


投稿: s、n | 2016年3月29日 (火) 05時18分

ソマリアがモデルケースになるかもしれない。

欧米には理解も許容も出来かねるモデルではあるが。

投稿: 南 | 2016年3月29日 (火) 07時48分

ソマリアも内戦が絶えないところですが、あそこもやっぱり、イギリスの植民地だったところ全体を「一個の国家」に無理やりしてしまったらしい。

一方、ランボーのアラブ〜アフリカ書簡を見ると、当然とはいえ、国の名前はまったく登場しない。ローカルな地名と部族名のみ。木綿布などと交換に、各地の部族から主にコーヒー豆を入手していたらしい。

投稿: iwatani | 2016年3月29日 (火) 19時39分

正しいアナキズムというものが在りうるのかもしれません。

投稿: 南 | 2016年3月30日 (水) 07時53分

リチャードコシミズのブログ、
彼の講演会の動画、書籍を見るといいですよ。
世の中の謎が全て解けます。

投稿: 隠された真実 | 2016年4月 7日 (木) 15時07分

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