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2016年2月 3日 (水)

世代の更新が人類を徐々に変える

わたくしが20年以上前に某誌に書いた記事の一部を、某大手企業の子会社の教材会社みたいなところの人が、同社の製品に使いたい、と言ってきた。

それは、「テキストの多義性〜多義性のない(orそれを認めない)村社会ではコミュニケーションが不要」といった趣旨の文だったと思うが、20年前と比べると、今、会社などで末端現場で仕事をしている人たちは、まったく新しい世代だ(当時はまだみんな子ども)。

当時は、私の文なんて、誰も真剣に受け止めなかった。旧世代たちは。

このブログ(とその前身のエッセイ集)で追究している「他者不在」という核的概念と、そのもっとも凶悪な現れが「宗教」と「貨幣」であること、他者不在の生き方(“開発”など)は一見効率的だけど、やがて巨大なネガティブ(“他者からの復讐”)に襲撃されるからトータルのソーシャルコストが大きな…そして悲惨な…負であること、

これらの視点は、さまざまなメディアも含む広義の一般教育で取り上げられるようにならないと、全然、浸透普及して行かない。

新しい世代が持つ新しい意識は、社会の変化が強いた“進化”だろう。テキストの多義性を重要な概念として取り上げる、とかも。「人間の多様性」に対し、もはや、知らんふりはできない、前向きに認めざるをえない、今日の社会。

今、一義性を貫こうとすると、殺しを伴う暴力しか手段がないし、その手段は最終的に有効ではない。

「他者」という概念が分かってくるのも、あと一歩二歩という感じではないか。世代の更新に伴う遅々たる進化に、期待しましょう。

(あのイスラエルですら、若い新しい世代が育ちつつあるらしい。やっと、流血の停止へ向かうか…。)


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コメント

死刑が有効に機能していないのが典型ですね。

どんなに不快でときには危険なものとも付き合わざるを得ないという覚悟を持つしか道はない。

他者の排除は不可能。

投稿: 南 | 2016年2月 4日 (木) 08時26分

問題は今ある現実あるいはシステムを自明として見るか、疑問を抱くかではないか、、

投稿: bad | 2016年2月 4日 (木) 22時40分

「自己と他者」のコミュニケーション的な構造を、理念のレベルで世界観そのものにあらかじめビルトインさせる、という指摘がありましたが、最近このツィートをチェックしています。https://goo.gl/gmt9i1

投稿: S-D | 2016年2月 7日 (日) 16時25分

『日本語に主語はいらない/金谷武洋』が身の周りで話題になっています。『ぼくらに英語が分からない本当の理由』の序文を読ませていただきましたが、時代を先取りする感性があると思いました。

投稿: S-D | 2016年2月 7日 (日) 16時28分

昨日の「言って委員会NP」でおもしろいコメントがあった。インターネット社会はビッグデーター社会であると同時に、ビッグメモリー社会であると。以前の社会では情報というのは、どんどん流れて記憶の中から消滅していく社会であった。しかしインターネットが普及した現在は、情報や意見というのが風化しない・蓄積されていく・簡単によびもどすことができる社会であると。
それは、誰もクリエイティブになれない現象を生みだす(皆が過去を穿り返して批評しやすくなるため)。さて、そうなるとどんな社会になるのだろうか。創造的でない社会とは。安定充実に向かうのか、衰退腐敗に向かうのか。思うにカネが経済をまわしてる、カネで経済をまわしてる限り、後者に向かう確率がたかいのじゃないだろうか。貨幣という格差を求めて動く社会でなく、人のニーズやウォンツで動く社会にならないと、これから人間ますます働きにくい社会になるのではないだろうか。

投稿: s、n | 2016年2月 8日 (月) 07時57分

どーせこの世は実在無視のスカンピンだ。関係ないがiwataniさんのノイズが愛であるという表現は面白かったな。

投稿: bad | 2016年2月10日 (水) 23時16分

「カネで経済をまわしてる社会」とは、なんでも目新しいモノとして、一般化されたモノとして商品を売り出してる社会だろう。くだらない。そんなものにすぐ飛びつくのが無神経イナカモンである。ほんとに面白くしなきゃいけないのは、足元の自分の仕事・個性・人間関係だろうに。それを見ないでフェイクに踊らされている限り、本質の充実は忘れられたまま衰退・破壊は進んでいくと思う。

投稿: s、n | 2016年2月12日 (金) 07時25分

それについてごたごたと言う言葉のインフレーションがドラッグ(≒ゴシップ)の本質と知っていて、かつての岩谷さんは、「ありとあらゆるドラッグを試したが、私にはこれっぽっちも効かなかった」と書いていた。

投稿: S-D | 2016年2月12日 (金) 20時29分

岩谷さんの言葉は、いつも“それそのもの”だった。今でも感謝しているのはその点だ。ありがとう、岩谷さんの言葉たち。今も自分の中で生き続けている。

投稿: S-D | 2016年2月12日 (金) 20時30分

北国新聞にユーミンが金沢はプログレが似合うとあったが、今時金沢でプログレなんて聴いている人なんて何人いるんやろ。

投稿: bad | 2016年2月14日 (日) 18時35分

車の運転で思うのは一回一回全部の部品をチェックしているわけではないから、多分大丈夫だろうと信じて乗っているわけだ。これでいいんだろうか。

投稿: bad | 2016年2月18日 (木) 17時46分

@bad
> 大丈夫だろうと信じて
人の仕事はなんでもそうやけど、(金がからまんやつも含めて)、常時絶対満点はありえない。「お前の翻訳は誤訳絶対なしか?」と問われれば、「絶対ない!」とは言えない。badさんも、なんか仕事するでしょ。

投稿: iwatani | 2016年2月19日 (金) 08時05分

母だが輸液のみで飲まず食わずであんまりだから、紙パックのココア等をストローから一カ月程少しずつやっていた、異常ないので大丈夫でろうと思っていたが、看護婦に見つかり婦長から叱られ絶対ダメだというのである。これでは母は何の楽しみもないのだが、、

投稿: bad | 2016年2月19日 (金) 13時46分

義父が最後の数か月は胃瘻(いろう)だったが、そうなると医師と看護師以外はアンタッチャブルである。

投稿: iwatani | 2016年2月19日 (金) 16時51分

でまた母のことだが、輸液してる上原因不明の腹痛で、ずーっとお腹痛い、看護婦さん看護婦さんとばかり言っていて、痛いのだが、、

投稿: bad | 2016年3月15日 (火) 20時20分

たぶん、しろうとにはアンタッチャブルの領域。看護婦や医師を呼ぶしかない。しろうとにできるのは、話し相手になるぐらい(主に聞き役)。

投稿: iwatani | 2016年3月15日 (火) 20時40分

内視鏡の検査はとても母には無理、CTでも分からんのである。

投稿: bad | 2016年3月17日 (木) 00時16分

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