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2015年10月11日 (日)

ノーベル賞

ノーベル賞に対する関心は、知る人の少ない研究や活動が、一挙に多くの人が知り、関心も持つものになる、というこの一点のみである。

で、そこで、本ブログ等における、(人類のコミュニケーション不能の根因としての)「他者不在」という概念、およびその最大の(==最悪の)現れが「貨幣」(人間(じんかん))、宗教(対絶対者/超越者)、存在疎外(自然や死などとの不仲、など)」であることの認識は、ノーベル平和賞を一度に数万個〜数億個もらうべきほどの意義と価値がある。

微生物や素粒子という悪無限(の中のロシアンルーレット的僥倖)が、それぞれ一つずつもらえるものならば…。

殺し合いをやめさせる努力が一つもらえるものならば、人類を殺し合いしない種へと抜本的に改造するコンセプトは、やはり、数万個〜数億個もらえる価値があると言わざるをえない。

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私はたまたま死ななくってわりと長く生きた方だから、やるべきことは不条理な死を遂げた、現に遂げつつある、あまりにも大量の人びとの、怒りと悲しみを、なるべく未来へ有効な形で提示することである。たまたま死ななかった者にとって、本当にやるべき重要なことはそれしかない。

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コメント

>人類を殺し合いしない種
今は大別すると、殺し合いをさせる層と殺し合いをやらされる層と、殺される層に分かれるのでは。とにかく自衛のための戦争も、まっぴらである。抑止力?嘘こけっ。自衛という不条理、自衛と攻撃という関係の無化を目指さなくては、いつまでたっても同じことの繰り返しである。 悲惨残虐である。

投稿: s、n | 2015年10月14日 (水) 03時40分

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