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2015年9月27日 (日)

新しい世界福祉思想

今、世界中の善意の人びとの99.9999...%が理解していない、しかも最重要なことは、貨幣が持つとされる‘価値’の本質が差異であり、したがって貨幣制度の温存と貨幣的(なるべく!)平等の実現、この二項は、互いに矛盾していることだ。貨幣の分布がフラットになれば、貨幣はその価値を失う。

したがって善意の人びとの100%が、貨幣に支配されないグローバル社会の実現を目指さなければならない。

関連して、十分な貨幣収入が得られる定職があることを、人間としての自立と見なすことも、人間の尊厳に対するとんでもない犯罪である。ある時点で、アクティブな労働力は、その時点の社会が必要とするだけあればよい。そのほかの人は勉強とか、好きなことをしてればよい。まだ教育をはじめ基本的なインフラが充実していない国や、あるいは障害者の人びとに、(いわゆる、貨幣収入的)自立のみが善であるという思想を押し付けるのは不正であり、一種の虐待だ。

必要な課題が見つかる(〜〜を見つける)ことによる、労働力ニーズの増加はありえるが、その発見や創造は、つねに成功する保証はない。それでよいのだ。

貨幣を稼ぐことのみが正しい生き方、とする粗悪思想を、できるだけ早期に抹殺する必要がある。

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コメント

you mean "all or nothing" ah ha?

投稿: 下村直樹 | 2015年9月27日 (日) 20時09分

>自立のみが善であるという思想を押し付けるのは不正であり、一種の虐待だ。
>貨幣を稼ぐことのみが正しい生き方、とする粗悪思想を、できるだけ早期に抹殺する必要がある。

そういやこの先10年後、2025年問題を迎えます。いや、現在進行形で向かっています。とすれば、氏の言う社会が実現すれば、「働けなくなる=死」という恐怖的な老後がなくなって嬉しいじゃないですか。たぶん自分なんかは上の線でいくだろうからなー。(キビシイ)現実問題です。

投稿: | 2015年10月 1日 (木) 23時31分

iwataniさんの言う事が実現する頃には、私は死んでこの世にいない。

投稿: bad | 2015年10月 6日 (火) 23時29分

いようがいまいが、関係ないです。

投稿: s.n | 2015年10月 7日 (水) 04時00分

母親が死にそうなんだが。

投稿: bad | 2015年10月 7日 (水) 16時26分

マジすか。チャオ。

投稿: s.n | 2015年10月 7日 (水) 20時36分

チャン。チャン!

投稿: パオ太郎 | 2015年10月10日 (土) 16時48分

@iwatani
>貨幣の分布がフラットになれば、貨幣はその価値を失う。
なんか、昨日のNHKスペシャルでミャンマーのバガン遺跡を報道していた。バガンという国は12世紀に宗だったかにほろぼされたそうである。そこはチベット仏教の栄えた地域であり、他に施すことが自分の功徳となり徳をつむことでより良い来世に生まれる事を得られるという。そこで実際にその国は“神々以上の”幸せな暮らしをしていたという。現在もその風習は健在であり、人は人に施すことに喜びや安心を感じて生きているという。
上の宗教的な話はともかく自分には、貨幣とはやはり回し回されて使っていくことで、その役目を果たしていくことは可能じゃないかと思う。そりゃ無貨幣になれば(完全な)平等になるかもしれないが、そもそも完全な平等社会というのは成り立つのだろうか。疑問である。
自分にはそれよりも、その社会の空気を変えていくことのほうが根本に近づけるのじゃないかと思う。社会が他に施し合うのが常識となれば、醜い事件というのは減るだろうし、なんといっても人の顔がきれいだと思うのである。
前に「全体として善化の道を選ばざるを得ない」なんて書いたけど、やはり小共同体や自分が良くなりたいという動機で、働く社会とは根本的に、誰も幸せにはなれない社会である。

投稿: s、n | 2015年10月19日 (月) 07時32分

福島で仮設住宅にいる人たちは、生活保護等の制度を利用しないそうだ。なんでかというとそんなん貰ったら、負い目を負わねばならなくなるからで,,,じゃあどうするんだ。一体。

投稿: bad | 2015年10月23日 (金) 02時27分

生活圏域というのは、拡大しないようにした方が良いと思う。そしてその中で大まかなことはまかなえるようにした方が良い。圏域が大きくなると、どうしても目の届かなくなる部分が多くなり、そこに腐敗や汚職の温床となる原因が発生する。例えば、たばこ税や消費税を引き上げても、国として一ヶ所に集約させて管理運営なんかさせると、どうしても我々の意識からかけ離されてしまう。我々も自分の仕事を持っているので、考えられなくなる。ということで、可変的な生活圏域(共同体意識ではない)は、適正な大きさに留めておいた方が良いと思うのである。別に発展する必要もないし。

投稿: | 2015年11月 3日 (火) 06時48分

「成功した者に表彰なんかしたらいかんです。苦しんでいるもの、困っているものを助ける社会でないと平和にはならんです。」 (故 水木しげる)

投稿: s,n | 2015年12月 2日 (水) 07時15分

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