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2015年6月29日 (月)

東南アジアの憂鬱

昔仕事で、東南アジア各国に数日ずついて、お役所めぐりや企業めぐりをしたことがあるんだけど、そのときいちばん感じたのは、どこへいっても、どよーんとした、鈍い、すっきりしない空気感が充満していること。役人たちの表情や態度にも、そのどよーんが感じられる。企業は、華僑経営のものが多いから、それほどでもないが、ネイティブの小企業には独特の暗さがある。

ビルマ(ミャンマーという言葉は死んでも使いたくない!)、カンボジア、タイ、インドネシア、おまけして中国などは、共通して一般市民大虐殺の歴史と、その責任者実行者処分の不徹底、曖昧化の半永遠的持続を抱えている。体の深部に、癒えない、大きな傷がある。

典型的な例がビルマだが、あそこは選挙結果を蹂躙し多くの学生や一般市民を殺して権力を獲得した不法軍事政権が、今でも実質的に国の支配権を握っている。彼らが作ったおかしな憲法のおかしな条文により、スーチーさんの大統領選立候補は不可能になった。

一般市民虐殺がなかったところには、ものすごく大規模なスラム、貧民街をいつまでも解消しようとしない、放置している、という問題がある(フィリピン、ラオスなど)。

東南アジアの社会的空は、毎日、曇っている。かろうじて例外は、ベトナムぐらいか(料理も安くておいしいし、コーヒーも独特のエスニック風味でうまい)。

ついでに言っておけば、南アジア(バングラデシュ、インド、パキスタン、ネパール、etc.)もひどいぜ。ネパールでは、日本ではとっくになくなった、農家の娘売り(インドの売春宿などに)が今でも頻繁だ。

それぞれ、日本人女性などによる局所的ボランティア活動はあるが、焼け石に一滴の水だ。

仮に、日本人がとても高潔な資質と社会創成能力を持っていて、かつ、昔のように軍部の専横を許さず、政府が軍部に屈服することもなければ、

大東亜共栄圏 ー(マイナス) 軍、戦争、武力支配

言い換えると、大東亜共栄圏 version 2.0を、各国の意識層と協力しながら推進すべきではないか。

そう、あのでっかい中国も、もはや、GDPがアメリカを抜く経済大国になったなんて、もてはやしている場合ではない。富裕層が国の将来に見切りをつけて、大量に、脱国しつつあるじゃないか(なのに?orだから?AIIB?)。ここも、当地や諸外国在住の意識層と協力しながら、真の近代化==民主化革命を推進する必要がある。それをしないと、日本やアジアばかりか、世界中がやばい。

(やばいことはすでに、いくつか起きている。)

東南アジアの国々の毎日の曇天は、多少お付き合いのあった私の心の曇天でもある。それが、毎日続いている。

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コメント

経済目的ではない革命を。

見返りを求めない、やらなければならないからやる、社会的掃除を。

次世代へ残してはいけないのは原発だけではない。

投稿: 南 | 2015年6月30日 (火) 08時21分

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