全人類コミュニケーション不能の元凶
朝日新聞という新聞は昔から大っ嫌いであるし、100%軽蔑に値する新聞だと信じている(記者の頭と心が幼稚で自己満足的)。犬猫のお世話用の資材としてとっている新聞が、今はたまたま朝日新聞だ。
(NHKは100%軽蔑に値する放送局。)
※ある日の番組欄より:
LIFE!内村光良ムロ妖怪も竹中直人もカッツアイも大活躍!宇宙人総理が重大発言星野源工場へ行く完全に人をなめた馬鹿。しかも既成タレント依存コンテンツの過剰。われわれのメディアがタレントに完全に占領されている。
最近は朝刊の一面に金言ミニコラムがあって、朝ごはんを食べながらなど、目に入ることがある。だいたい、どれもくだらない。
今朝(2015/06/25)のは、イギリスの某著作家による、「信条には糊のような固着作用があるので、衣類もそうだが、糊はつけすぎない方がよい」とかいう趣旨の金言(?)が載っている。つねに柔軟な心と頭を持て、ということか。
こういう昔の人のいわゆる名言は、あらゆるパーティーが、自分の利益のために利用しようとする。早速、今日明日あたり、集団自衛権というどの国にもない(ありえない)奇妙なものを押す人びとが、反対派(違憲論者など)を批判するために持ち出すだろう。あの、大朝日新聞に載っておった、と。
一見一般的普遍的に見える談話(ディスクール)が、実は、発話者の特殊意図にまみれている。それを、当人も読者も相対化できない。読者も、自分の特殊意図にまみれた読み方しかしないからだ。
言葉が、コミュニケーションに寄与せず、それぞれの人に紐でつながれたペットの小型犬になってしまっている。人に吠えつき、人を噛ませるつもりかもしれないが、それもすれ違いにしかならないのだ。
※こんなみえみえに多義的なディスクールを立派な(?)金言として紹介するのは、今でも朝日が、頭と心の幼稚な自己満足人間の集団である証拠。
この、悲惨なる、コミュニケーション不能の現状。その元凶の一つ、一方交通的・ふりそそぐ降雨的マスメディア。
今だにとくとく・ゆうゆうたる態度をひけらかしている朝日新聞(ほか)は、100%200%軽蔑に値する。昔の同窓生で、教師とか役人とか有名出版社とか、食いっぱぐれのない道へ進んだやつに、ろくなやつはいない。そういうのが、今ではトップの管理職〜重役だろう。
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うちは新聞がすぐに新聞紙として利用されてしまうので、あわてて原文を引用しておこう:
信条というのは、おそらく硬化というか、いわば心の糊づけであって、糊はなるべく少ないほうがいい。 E.M.フォースター(英語の原文は読んでないが、悪訳くさいな。)
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コメント
誰でもインターネットが見られる環境になった時点で、新聞の役割は終わったんじゃないかしら。
そりゃ、毎朝届けられる、インクの匂いがする紙媒体じゃなきゃいやだ、っていう人はいるし、それは否定しませんけどね。
新聞のほうが複数の人の目を通しているから信頼できる、っていうのも今じゃあやしいですもんね。
ま、活字中毒のあたしとしては、読み物としてはまぁ読めるんで、ときどきコンビニで「東●新聞」を買ってますけど。
「雇用の確保」っていう意味なら、今新聞社に勤めてる人が現役でいる間は、まあいいんじゃない?
なんといっても、読んだあとはいろいろ使えるのが便利よね~。
投稿: のうさぎ星人まりこ | 2015年6月25日 (木) 21時49分
>言葉が、コミュニケーションに寄与せず、
時と場所を選ばずに、オールマイティに通用する金言なんか無い、ということでしょうか。今時、大メディアを有り難がるのはスマートではないですよね。もう少し、近蜜なコミュニケーション願望を持ちたいです。
投稿: 下村直樹 | 2015年6月26日 (金) 01時26分
どうして新聞社や放送局は倒産しないのだ?
なぜか競争のない業界。
投稿: 南 | 2015年6月26日 (金) 08時09分
@下村直樹
> オールマイティに通用する金言なんか無い
この記事はそういう趣旨とはまったく無関係で、多面的な含意のありうるディスクールを一面的に取り上げている、例によっての、朝日新聞のおぼっちゃんバカを指摘しているのです。
三次元のもの(立体)を、二次元(紙のようなもの)として扱っている。彼らの、ジャーナリストとしての真の訓練なんか経たことのない、幼稚な脳が、衆愚を再生産していること、人間のコミュニケーション能力を未発達に固定していることで、マスメディアは人類のコミュニケーション不能の重大な元凶のひとつです。
投稿: iwatani | 2015年6月26日 (金) 16時07分
多謝。
自分を含めほかの読者の参考になることを願います。
投稿: | 2015年6月28日 (日) 11時15分