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2015年5月17日 (日)

パーティション操作顛末記

今の日常のメイン機はH22秋に作ったBTO機で、HDは当時の標準(?)500GBである。世の中にはWindows上でないとだめなもんがまだあるので、これをLin/Win半々に分割して使っていた。

最近、ディスクをチェックしてびっくりした。Lin側はすでに94%も使用済みになっている。犯人は誰か? ファイルとサブディレクトリの数が115万9936個もある怪物的トップレベルディレクトリusrは、わずか6.5GBしかない。いろいろ調べると、ディスク蚕食の犯人は、旧ユーザ(自分)と現ユーザ(もちろん自分)のホームディレクトリである。旧$HOMEは80GB近く、現$HOMEは90GB近くを使っている。この膨大な量の原因は、音楽や映像などのコンテンツである。

たいていのコンテンツはネット上にあったり、自分の手持ちのCD/DVDなど上にあったりするのに、なんでまたローカルに置くかというと、利用の便宜のためや、ある種のアプリケーションがローカルファイルを必要とするためだ。

現$HOMEはいじれないから、旧$HOMEの80GBにを、どっかに行ってもらうことにした。500GBの半分をWindowsに与えてあるが、めったに使わないWindowsはディスクを30GBぐらいしか占めていない。そこで、Windowsくんが今使っているディスクスペースの半分を、Linuxにいただくことにした。半分でなく、もっと多くてもよかったかもしれない。

GPartedを使ってWinパーティションの半分をLinux用の新パーティションとし、ext4のファイルシステムを作ったまではよかった。Linux側にもWindows側にも、なんのトラブルも起きない。と・こ・ろ・が、ディスクのパーティションというものは低レベルの物理システムの資産であり、Linuxの管理下にある資産ではない。

ここでの問題は、Linuxは自分のものではないパーティション上の空間を仮にrootのものと見なす。しかし実際にはLinuxの資産ではないから、パーティションそのものを’ユーザ’(私)へとchownすることはできない。言い換えるとそのままでは、‘ユーザ’がそこを使えない。Linuxが使ってるそのほかのパーティションについても、それは同じである。たとえばトップの「/」に、‘ユーザ’がフォルダを作ることはできない。

で、この場合のソリューションは単純かつ標準的で、sudoによりそのパーティション上にディレクトリを作り、そのディレクトリをchownしてそこへ旧$HOMEをそのままmvすればよろしい。あるいは逆にmvを先にやって、chown -Rで全体をユーザのものにしてもよい。私は結果的に、後者になってしまった。

ところでパーティションという古い概念(トップレベルは最大4つまで!!)は、今だに支配的なのか。泥縄とはいえ、最新のBIOS状況について、遅まきながら勉強してみたい。

さて現状は、94%だった使用済み率が48%に下がり、旧$HOMEをmvした新パーティションの使用済み率はいきなり66%になった。とりあえず、まあ、いいか。


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