« またまた女性パワーの勝利 | トップページ | ×(せめて)自分(だけ)は自分のもんである。○自分もまた一個の他者である。 »

2015年4月29日 (水)

相も変わらず

人類の雄(オス)は地球上最悪の害獣であり、今は“地球上の”が”宇宙の”にもなりつつある。

ほんで、このところは、「戦争になったときどうするか」議論がますます賑わしく、害獣支配社会においては、「戦争にならんために何をするか」はまったく、議論のテーマにも事業・行動のテーマにもならない。オトコどもは、そちらにはまったくキョーミがない。やつらは、戦争したくってしょーがない。

なんか世の中が、20世紀初頭のきな臭さに回帰していくようで、不気味だ。

戦争努力より、グローバルな治安努力の強化が必要な時期に、その体制構築の努力もせずに、あほな議論ばっかしして…。

オバマさんは、国民皆保険(中途挫折)や移民法改正(中途挫折)など、人に優しい、真の国力増強策で尊敬してたけど、なんか、どこかのバカソーリとの会話など見ると、平和政策では無に等しい人やね。尊敬量が半分に減ったわ。

|

« またまた女性パワーの勝利 | トップページ | ×(せめて)自分(だけ)は自分のもんである。○自分もまた一個の他者である。 »

コメント

まぁ自衛のために仕方なく戦う場合もたしかにあるとおもいます。

でも基本、戦争は吉外がやること、当事者になるとみんな吉外になる。だから平時の常識では考えられないようなことが平気で起こる。

それに加えて、無能な上官のせいで亡くなる兵士のほうが実は多いって事実は、みんな知っておいた方がいいと思いますが。

投稿: aa | 2015年4月29日 (水) 19時49分

前にコメントした「米軍基地とオサラバできるか?」という議題に代わって討論すべきは「米軍基地とオサラバするために必要な、そして実行可能なコミュニケーション努力とはなんであるのか?」というものに書き換えられるでしょう。
でも今の若者を見ていると、兵隊にはメデタクトーテイ役にたちそうもないようにも見える。必ず負けるような気がするので、イヤが上にも戦争反対

投稿: ohiya | 2015年4月29日 (水) 23時25分

「中世に戻った」と言う人もいますね。

人類は確実に退化している。

投稿: 南 | 2015年4月30日 (木) 07時42分

@aa
> 戦争は吉外がやる
戦争は特異な狂気の産物ではなく、原始共同体の日常茶飯事、共同体のルーチンです。彼らの共同体としてのアイデンティティは、外には戦争、内には祭祀によって確立維持される。政治文化がお粗末な国では、国家が、戦争を基幹的なレゾンデートルとする原始共同体性へと取り込まれる。

> 自衛のために仕方なく戦う
これは戦争肯定論者が昔からいちばん多く使う愚劣な屁理屈です。これは、戦争のためには戦争が必要、というトートロジーですが、オトコの貧弱な脳はトートロジーをトートロジーとして自覚できない。

自衛が、死語ないし古語となる国および国際関係を作ることが、唯一の、真の、安全保障です。

投稿: iwatani | 2015年4月30日 (木) 08時36分

@iwatani
ご返答ありがとうございます。

>共同体のルーチンです

「戦争は戦争のために戦われるのでありまして」って言われるくらいだから、これは為政者レベルではそうかもしれませんね。ただ、一兵士、一民間人レベルではそこまで大きく考えていないで、やっぱり狂気なんだと思います。

>自衛が、死語ないし古語となる国および国際関係を作ることが、唯一の、真の、安全保障です。

それが目指すべきものでしょうね。ただいろいろな事情が絡んでくる情勢の中では、道のりは遠いですかね。

投稿: aa | 2015年4月30日 (木) 20時46分

@iwatani
>戦争のためには戦争が必要
≒戦争を回避・解決するためには戦争が必要、でしょうか。なるほど!本当に矛盾ですよね。やはり問題点は、掘り下げて掘り下げて(前提を取り払って)、考えなくては真の解決には近づけないですね。
そして、「排他性が共同体を支える・形成する。」、という言葉も思い出します。共同体をつくるという事は、必ず“仲間はずれ”を創り出すということである。 楽しく孤独で、いよう。ポン!

投稿: ohiya | 2015年5月 1日 (金) 00時19分

本来、仲間であるはずの者をはじき出すことによって、「自分がそうなりたくはない」という恐怖が、共同体というモノを強固にしていく。それにしがみついていく。共同体とは、いじめと恐怖によって創られているものなのか。“個・己”が勁く(つよく)あることが、共同体を無化させる条件か。共同体について、一方で反省・懐疑を持っていることが必要である。

投稿: ohiya | 2015年5月 1日 (金) 07時33分

前にも書いたんですが、いいかげんテーブルの下に拳銃を隠しているくせに、見えてるところでは、にこやかに酒を酌み交わしているような外交というのは互いに辞めて欲しい。最近ではテーブルの上では激しく喧嘩しているようにみせて、テーブルの下で貨幣と物資(武器?)のやり取りをしているというような事もあるようですが。こういう「オトコ」の悪しき特性を利用して、表向きは平和主義を装いながら、他人の喧嘩を利用して私腹を肥やしているような人たちも本当に許せない。オトコ達のお祭り騒ぎで被害を被るのはいつも女性と子供です。。。。これもよく聞くセリフ

投稿: musataro | 2015年5月 1日 (金) 07時56分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 相も変わらず:

« またまた女性パワーの勝利 | トップページ | ×(せめて)自分(だけ)は自分のもんである。○自分もまた一個の他者である。 »