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2015年3月18日 (水)

I'm afraid

You are inviting
With your own hand
The next
Much, much and much bigger
Holocaust
By expanding the unlawful settlement
Into the land
Which does not belong to you

And

You are inviting
With your own foolishness
The next
Much, much and much bigger
Pica-don(s)
By promoting hostility
Against neighborhood nations
By not helping people there


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コメント

scary.....

投稿: 市川智 | 2015年3月18日 (水) 22時27分

お,お前がー!! o(`ω´*)oプンスカプンスカ!!

投稿: ohiya | 2015年3月18日 (水) 22時53分

人間のimaginationとは、幸福への鍵なのか、不幸への鍵なのか。動物には一切想像力というのはないのだろうか。それはそれで幸せなことなのかもしれない。現実だけが、現実だけを100%受け入れてそれ以外というのが、ない。「人間の不幸は神にも似た想像力と限界だらけの肉体というのを、併せ持っているから。」と、かつての渋谷さんの原稿にあったよね。
人間とは自然の一種であり、それに抗(あらが)って生きてもしょうがないのでは。ただその時その時、その場所その場所でなんとか気持ちよく過ごせれたらと思う。

Let life flow,
roll with punches
roll with punches.

で、「恐れ」というのはこれまた自己保護欲のなせる技じゃないだろか。自分を護ろうと思わない時には、恐れとかも発生しないだろう。恐れも想像力のなせる技である。で、どうなんだろうか。(月曜に続くかな~。)

投稿: ohiya | 2015年3月20日 (金) 00時17分

「想像力とは病か、快感か」
ほんに想像力とは、どんな場面でもいいようにも悪いようにも発展する。同じ状況に置いたとしても、ほんにその人次第で千差万別だと思う。各人の心・内部性次第である。
では、どんな内部性が究極の理想だろうか。例えば、「我が身が死に面していようと静観できること。そしてそれでも絶えず、人の幸せを願うような。」正に、み仏ですな。そんな姿を心に刻んでいる状態を、究極の理想の内部性と言うんじゃないでしょうか。ほいじゃあ。(そこには、不満もなければ恐れもない。)

投稿: ohiya | 2015年3月20日 (金) 07時18分

I'm afraidは英語の日常的なありふれた慣用句であり、“恐れ”というほどのもんではない。

ここではイスラエル人のパレスチナ虐待と、一部日本人の近隣諸国への非友好的態度・非建設的態度は、やばいからやめてくれ、と言ってるだけです。

テロに肥沃な育成肥料を与えているのは、実はイスラエルだ。

投稿: iwatani | 2015年3月20日 (金) 08時45分

そうでしたか。

話は変わるけど、「テレビ寺子屋」というので「クラウンのコミュニケーション」というのをやっていた。曰く、現代の子供というのは、あまりにも情報量が多すぎて(生涯では江戸時代の200倍)、その情報量から身を守るために感情を殺すようになるそうだ。それで感情表現というのが苦手になる。
もし人とコミュニケーションを上手く取ろうとするなら、笑顔を作ることと、リアクション(感情表現)を大きくすることだと言っていた。人からアクションを受けて、そのリアクションを大きく(大げさ)にすればいいと言っていた。聞くときには頷いたり、大きく驚いたり大きく笑うのが良いそうである。リアクションの大きい人のところには、人が寄ってくるそうである。それで世の中、身の回りを明るくしようと言っていました。マル。

投稿: ohiya | 2015年3月23日 (月) 07時39分

まさかロックコンサートでテロ起きたりしないだろうねえ。

投稿: bad | 2015年3月23日 (月) 22時55分

よくドラマとかで、貧乏家族が全員でアルバイトとかでおカネを稼いで、必死に慎ましく助け合って生活している、とかいうストーリーを見かけることがある。また、神社に願掛けに行きお賽銭に必死に念を込めている、なんてのもある。
特に前者について思うのだが、おカネをめぐりそういう弱者が助け合って生きる、なんてのはあってはならないと思う。あげくに言う言葉が「やっぱりおカネって大切なんだなぁ。」まで言わせる。なんかこういう情緒的な描写まで使って洗脳している・洗脳されているとしか思えない。絶対おカネ(貨幣)は必要だと。貨幣のために、貨幣を稼ぐために働けと。非常に恐ろしくはないか。I'm afraid.
また願掛けにおカネを使うのも、貨幣はとても貴重(稀少)でおカネはなんでも叶えてくれるぞ、というのを刷り込んでいるようで気持ちが悪い。And I'M afraid,too Much.である。
バカヤロー!!!? Liberation From Moneyを!punchpunchpunchbomb

投稿: ohiya | 2015年4月16日 (木) 06時35分

貨幣のために、貨幣を稼ぐために働けと。偽善であり欺瞞である。そんなドラマなんか。

投稿: ohiya | 2015年4月16日 (木) 06時52分

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