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2015年1月24日 (土)

その根本を消せ

イスラム原理主義者だけではないよね。日本のオトコ政治家たちだって、「女性が〜〜な〜〜する」なんて、こいて。

コミュニケーション社会においては、A(自)がB(他)のことを決めて良いという、無根拠で傲慢なルールは廃絶される。

オトコがオンナのことをすべて決めてよい、なんて、コーランにだって書いてないだろ。いやしくも、まともな、宗教ドキュメントならば。無根拠で一方的で乱暴で恣意的なルールに過ぎないし、オトコの勝手な気分でもあるから、それは廃絶されるべきである。そうやって、オトコがその(無根拠な)“第一権利者ぶり”を捨てるところから、真のコミュニケーション革命が始まる。

バカ総理も、「女性がなんたらかんたら」なんて、エラそうな言い方やめろよ、いいかげん。それこそがだめだ、といいかげん気づけ。

兵の影
見えしか雪に
けぶる驛

旧東京駅(丸の内側)保存、絶対反対!!
だってオトコのさばり時代の象徴だもん。


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コメント

前に「無言交換」(「無言交易」)と書いたけど、なぜそれが行われるかというと、結局相手が怖いからである。信用できない。それこそ太古の社会は文化も文明もない社会である。交換しようという知恵はあったが、やはり殺るか殺られるかの社会だったのだろう。相手の顔も見る前にモノだけを置いて済ましていたのじゃないか。
特にオトコってのは相手に対して、恐怖を感じやすい。なまじ体力的にオンナよりも勝っていたから、戦いの場に出ざるを得なかったという、DNA的記憶のなせる技なのか、オトコは恐怖を感じやすいしヘタなプライドも人一倍強い。あーこりゃこりゃ。
そんな(かわいそうな)ビビリなオトコが権力を掴みたいが故にあみ出したのが、無言交易のできる貨幣である。それを今でも後生大事に取り扱っている人間とは、心根(こころね)において昔の原始人のままではないかい。コミュニケーションによって解決するとは、現代においてそんなにむずかしいことなのだろうか。
また、私欲以外のために生きるという気概を持つことは、そんなにむずかしいことなのだろうか。リラックスしたい。

投稿: ohiya | 2015年1月29日 (木) 05時12分

「女性の活用」という言葉もひどいですが、「地方創生」ってぇのも、なんかバカにされてる感が満載のように思えるのですが。
最近、生きてて思うのが、なんか全てのものが(貨幣、人、物)東京に集中してきているように感じるのです。バカ総理になってからいろんなもんの格差が、どんどん広がっている。

投稿: musataro | 2015年1月29日 (木) 07時22分

北京原人の頃の方が今よりマシだったりして。

投稿: bad | 2015年2月 4日 (水) 21時08分

現実がコミュニケーションの快感に行かないとダメなんだけど。

投稿: bad | 2015年2月 7日 (土) 17時03分

@bad
そーだよねー。快感=喜びでしょ。だけどさー、まず自分が変わらないと、外部性たる現実なんて絶対に変わらないっツーの。本当に変わらないっツーの。現実(身の回り)を変えようなんて他人行儀(?)な操作性に走ることは自己忘却でしかない。まずは基盤の自分を変えることから取り掛からないと、全くの無意味である。(come on come on)
俺はさー、よく一人笑いをしちゃうんだよなー。
昨日会議のお題が「公私混同」であった。そこで連想したのが「人の飲みかけのペットボトルを飲むのは公私混同か→いや、セクハラモラハラだろう→ハラスメントは30種類あるんだってなー→それならシズハラ(静江(会社の上司)ハラスメント)もあるんだろう→ユウハラ、ルリハラなんでもあるなー→それらを総称してセイハラって言ったら面白いなー。」 たぶんこんな感じ(字に起こすと全く面白くないが)だったと思うんだけど、その時は一人でニヤニヤして笑っているのである。

投稿: ohiya | 2015年2月 8日 (日) 00時07分

[追加]まずは基盤の自分を変えることから取り掛からないと、全くの無意味である。自分が変われば、身の回り(現実)から徐々に変わっていくのである。

投稿: ohiya | 2015年2月 8日 (日) 06時26分

自分(内部性)が変わるとは、「たとえ現実が変わらなくても、それへの見方・捉え方が変わる」ということである。ヒワ氏が昔「外部性は無い」と指摘していたことである。そこで感謝が湧いてくれば、こっちのもんである。(^m^)

投稿: ohiya | 2015年2月 8日 (日) 08時08分

何回も書き直して申しわけない。

最初に、たとえ同じ現実であっても、それへの見方・捉え方を変える。ということは自ずと現実への接し方が変わる。それが現実の変化へと作用する。つまり改善され、巡って自分も喜びが増える。
一例 嫌な苦手な上司がいるとする。彼に対しての見方を変える。これまでは彼を避けてきたが、これからは彼を自分を磨いていく砥石とみよう。とすれば彼より一つ高い立場から物事に対応しようとする。していく内に好転していけば、逆に上司に感謝できるようになる。
成功例とすれば、こんなのかな。

投稿: ohiya | 2015年2月 8日 (日) 23時20分

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