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2015年1月16日 (金)

Anna Fedorovaへのファンレター

このところまったくヒマも余力もなくてご無沙汰しているので、私が生涯で初めて書いたファンレターのコピーを、再利用させていただこう。彼女のホームページのサイトに、それを気軽にできる入力ページがあったから、一瞬で書けるメッセージを書いて一瞬で送ったにすぎないのだが:

I think your Mozart is also superb. It is very vivid and the tones from your left hand are bouncin', stompin' and dancing. It's amazing. Mozart would say "thid is how my music should be played"! I'd like to listen you playing minor key concertos in c and d with the same vividness and even with a spirit of jest. Disrupt those soberred down arrays of tones from traditional pianists, eg. Clara Haskil and the likes. As a postscript, we hope your music could help bring peace on your troubled mother land.

(インターネット上のテキスト入力は、途中で通信不良になる可能性があるので、ローカルに書いたものを一気にアップロードした方がよい。)

このメッセージのキモは、Mozart would say "thid is how my music should be played"!、の部分だ。今までこんなことを、プロのピアニストに対する評価やお世辞として言った人は一人もいないと思うので、たぶん、世界で私が初めてである。

そもそも、ステージ vs. オーディエンスという構造に対して否定的な私が、こんなものを書くのも異例である。

でも、一般的に、今の若い女性はおもしろいし、すばらしい。このブログでも、過去に幾例か取り上げた。

この20日にサンフランシスコで、Women under 30 Transforming Entrepreneurshipと題するイベント/カンファレンスが開催されるが、このタイトルも、そんなトレンドを意識している。

このイベントの3人のキーノートスピーカーの一人、Entefyの協同ファウンダBrienne Ghafourifarの簡単なプロフィールの顔写真(?)がまたおもしろい:

 

Brienne

 

こういう、自主的積極的元気的でウィッティ(witty)でコミュニケイティブな表現の姿勢が、このトレンドの重要な一部だ。もちろんFedorovaの音にも、その気質は共通している。※:その後--たぶん圧力があって--ふつうの顔写真に置き換えられているが、最初はこんなウィッティな顔写真??だった、という事実が重要だ。

p.s. 0119追記: こんな例もある。


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コメント

「男とは女に入力されるだけの空容器」
という本来の姿に長年掛けて戻って行くのでしょうね。

投稿: 南 | 2015年1月19日 (月) 08時05分

@南
映画「ターミネーター」に出てくるロボットは全員戦闘ロボットですが、ヒトのオトコも、使い捨て戦闘ロボット以外の何者でもないでしょう(科学研究・開発とやらも含めて)。彼らは戦争が唯一最大の生きがいで、問題は、政治権力も彼らが持ちがちであること。バカ総理は、オトコの唯一の生きがいを取り戻したいだけだ。

オトコは全員、意志の力、またはロボトミーによって、オンナにならなければならない。

注:ここでオトコ、オンナは、必ずしも生物学的ジェンダーのことではない。オトコへと頽落している女も、数多く存在する。


投稿: iwatani | 2015年1月19日 (月) 12時50分

バカ総理は、サイボーグ009のブラックゴーストのように見える。ブラックゴーストは言った。「我々は人類が無くならない限り、消滅しない。」重い言葉である。ブラックゴーストとは、武器商人である。

投稿: ohiya | 2015年1月20日 (火) 05時52分

バカ総理の言った、under the controlと思い出すのが「お・も・て・な・し、おもてなし」である。今政府や民間は観光客に、もたれかかっているんじゃないだろうか。なんかそんな外部経済を、おおきく目当てにして頼っていいのかな。やはり国内の経済も元気がないと、片手落ちである。自分が思うに、国内の経済のキーワードは”楽しさ”じゃないかと思う。それも別に特別な所へ行っての楽しさじゃない。前に友達が言ってたけど「なんか楽しいことないけー。」と言うのは、もう万人が慢性的に思っていることじゃないかしらん。
それならば、生きていることを面白くしよう。普通に生活している所を、働いていることを、学んでいることを楽しくしよう。「生きていることがワクワクする。」って楽しいじゃないですか。なんかなー、コミュニケーションや経済の方角ってこっちのような気がするんだけどなー。楽しいところには、人が集まるって言うじゃないですか。

投稿: ohiya( | 2015年1月24日 (土) 07時43分

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