« 生命とプログラム | トップページ | 資本主義の女性化? »

2014年5月11日 (日)

貨幣を対象化する契機とは

貨幣は、多くの人間の心を不必要に卑しくし*、醜くし、惨め(みじめ)にする。貨幣のせいで、多くの人の日常人生を本来不必要な恐怖が支配する。〔*: “必要な卑しさ”というものはないだろう。〕

貨幣のせいで、のびのびとした明るい、人間性の発揮が往々にしてできなくなる。貨幣は、人間性を矮小化し、ゆがめる。多くの犯罪の原因になる。戦争の原因にもなる。もちろん環境破壊と健康破壊のの元凶である。

他者不在を、固定・維持する。※

貨幣は、地球全域の低空を長年おおっている暗雲である。それは、寒い、暗い社会を作り、維持する。

貨幣の軛(くびき)に縛られている人間は、永遠に美しいswanになれない醜いcygnetである。

それは、わずか数千年だから、短いとも言えるし、長すぎるとも言える。

でもそろそろ、この、人間性に対する腹立たしい侮辱を破壊し削除していきたい。

全地球上で、99%の人間が貨幣に苦しめられている。あるいは、貨幣のせいで実にくだらない愚劣な人間になっている。

貨幣が悪であることの自覚(貨幣の対象化)をうながす、広義の、多様な形の“教育”が、徐々に地球上のすみずみまで浸透する必要がある。そしてその後、ローカルに、Linuxなどを範例とする、さまざまな無貨幣ネットワークが、生まれ、育っていく。次の段階は、それらネットワークの、ネットワークができていく。

お前は何をやっとんじゃ、と言われると、まあ、動物愛護など、細々とやっておりますけど…。でもこの分野でも、ネットワークのネットワークはまだまだ未成熟だ。

とにかく、貨幣を、心の中、頭の中で、“突き放す”…そんな人を世界中で増やしていく必要がある。

※:「他者不在」は、このブログで展開されている(世界史上初の!!)コミュニケーション学/コミュニケーション理論における、もっとも重要な概念の一つです。初心者には、このブログの全編をお読みになることをおすすめする。比較的わかりやすい(?)記事としては、動物〜広く自然全般に対する他者不在の例としてこれこれなど。人に対する他者不在は、主に言葉の問題を軸として、本ブログ中で多数回論じられている。

※2:貨幣の本質については、これこれ。とにかく、貨幣の本質は残酷である。


|

« 生命とプログラム | トップページ | 資本主義の女性化? »

コメント

「君は1万円札を敗れるか?」苫米地英人 著

たった今読み終えました(一部を除いて)。サブのーお金の洗脳を解くと収入が倍増するーというタイトルは、たぶん購入者を釣るための餌巻きなんだろうと思います。
この本によって私は、金融経済のデタラメぶり、完全に詐欺行為としての銀行の「信用創造」なる貨幣の刷り増し行為などを知りました。よくもまぁ、こんなことが平然と常識として、まかりとうるのかと思うと殺意すら覚えます。(偉大なる詐欺師による、あぶく金造りである。)
この本で著者が言いたかったことは、「お金の存在という、洗脳を説いて本当の幸せを目指しなさい。」ということだと思う。内・外部性についても、内部情報外部情報として触れていますし、思考の抽象度を上げて物事を捉える考え・方法についても書かれています。(最後に脱貨幣社会についても書かれています。)
ただ、幸せをつくる根幹たるコミュニケーションに関する記述が少ないのが、残念です。また、彼は貨幣の本質は実体ではなく、情報だといっています。ここら辺も自分の貨幣に対する、認識を広げるのに有効かなとも思います。いい本との出会いでした。

投稿: Ohiya | 2014年5月13日 (火) 07時26分

”君は1万円札を敗れるか?”
日本語、これでいいのでしょうか?
まぁ、これでよければよいのでしょぅが、、、あんまり読む気しません。

”必要な卑しさ”
あってもいいじゃないですかねぇ、、、

 貨幣の本質は実体ではなく情報だとの考え方、いかにも現代的ですが、貨幣という言葉自体が専門学術的な形相で既に、お金を突き放しているかのようですが、

ありがとうございました。

投稿: 分 | 2014年5月15日 (木) 04時05分

いやぁーお恥ずかしい。「破れるか」が正解でした。指摘してくれてありがとう。あなただけです。言ってくれたのは。(自分で添削しろ、だね。)

投稿: Ohiya | 2014年5月15日 (木) 05時42分

いぇいぇ、いっそ「君は1万円札に勝てるか?」であってもいぃんですよ。
ちなみに、わたしは、真ん中のしろい透かしにライターで引火中央から炎上し口で吹き消すなどする経験が云十年前バブル期にありました。
いゃ、お恥ずかしいことです。

投稿: 分 | 2014年5月16日 (金) 04時03分

「自己顕在化」と「他者不在」の補完性

私がジョンレノンさんを支持する理由は、ほぼ一曲に
集約される。ホワイトアルバムの”EVERYBODY'S 
GOT SOMETHING TO HIDE EXCEPT ME AND 
MY MONKEY"である。その中の歌詞、
Your inside is out,When your outsid is in.
Your outside is in,when your inside is out.
が大好きだからである。つまり、「中身をむき
出しにして、コミュニケーションしようぜ。」てなこ
とを歌っているんだと思う。そんな無茶なコミュニ
ケーション願望をジョンは、最高にカッコイイ曲と
シャウトで表してくれた。あたかもそれが、実現可能
であるかのように。

そこに憧れるのである。何があっても、何を言って
も、「そんなこともあるさ」とか「バカ言ってんじゃ
ねぇ」みたいに、そこで収まる社会・状況に憧れるの
である。要は、心の中にクロイ一物やネチネチした物
を持たずに、真っすぐに前を向いて話しかけれるよう
なカラッとした社会。(言い換えれば、安心7に享楽3
ぐらいが入り混じっている社会。)それが、維持・
保証されている状態に憧れるである。私は結局、腹に
ため込んでおく事ができない、嫌いな性分なのであ
る。コミュニケーションのためには、「他者不在」と
あわせて、各自の他者を他者として知らしめるための
「自己顕在化・透明化」の努力も、必要ではないかと
思うのである。勿論動物や自然に対しては、こちらの
方から慮って行くのは当然のことである。

投稿: Ohiya | 2014年5月20日 (火) 21時20分

>自己顕在化と他者不在の補完性

こういふた、一般化論語は、多くの人たちには意味不明でせう、特に多くの女たちには、、、でも、かくいはば意味なさんか?も、自己顕示欲と自分勝手

投稿: 分 | 2014年5月21日 (水) 01時00分

@分
かくいはば意味なさんか?も、

上のはどう言う意味でしょうか。

まぁ、それはともかく、コメントを2箇所にのせたのは、逆戻りばかりしているのが、ほかの皆さんのリズムに合わないのかな、と思いまして酔った勢いでやってしまいました。でも、もし新しい読者の方がいるなら、そんな方こそ昔のトピックを見ておもうところがあるなら、それについて是非いろんな感想を聞きたいものです。それもコミュニケの深化になるんでしょうね。

投稿: Ohiya | 2014年5月22日 (木) 01時44分

>かくいはば意味なさんか?も、

<斯く云はば、意味、成さんかも、

<かように云はば意味成さんかも、

<このように伝えれば、意味を形成するかも、

<こう謂えば、伝わるかも、

<こう謂うたら通じるかも、

、、、でありました。

投稿: 分 | 2014年5月23日 (金) 05時26分

「貨幣を対象化する契機とは」=「増税、値上げ時期」

カネ(貨幣)が無ければ生きていけない社会(残酷な社会)なんだから、そりゃカネが何より大事だわな。カネのためには、他者も蹴落とすだろう。
だけど今こそチャンス・分かれ目だと思う。貨幣によって追い詰められ、何に使われるのか解らない支配者にカネを取られ、それでも愚かに貨幣にしがみつき、競争社会を維持していくのか。それともみんなで、貨幣という存在・媒介に大きな疑問符・不快感を投げつけることができるのか。よりよき社会たる転換点に目を向けられるのか。各自の、他に知らしめるための努力を願いたい。

投稿: Ohiya | 2014年6月 9日 (月) 03時36分

[変更] 競争社会を維持→より厳しくなる競争社会に「参加」していくのか。(BGMはELPのKnife Edgeでお願いします。)

投稿: Ohiya | 2014年6月 9日 (月) 19時09分

@iwatani
>日常人生に本来不必要な恐怖が支配する。
>貨幣は人間性を矮小化し、ゆがめる。

「コミュニケーションレス」で書いた大ポカの続きであるが、私の恐れたのは対人だけというよりも、貨幣的にも恐れたのである。「これを店に出した場合、返品され廃棄したとしたらいくらの損害になるのか、また、もし客の苦情による店の営業停止されたら、そして自分の処分は。etc,etc. 」と、貨幣的にいくら損失するかを恐れた。
本来、誠実な社会(コミュニケで成り立つ社会)であるなら、貨幣に対して恐ることなくあからさまに「失敗しちゃったよ」と、詫びることに躊躇しなかったろう。しかし貨幣社会ではその損失は一大事である。特に今みたいに厳しい時代には、貨幣の減額が生活に直結してしまう。
それに気にやむポイントが決定的に間違っている。責任を感じるべきは、お客や店への迷惑だったり材料を有効利用できなかったという点であるべきものが、単に自分の貨幣的損失・自己保身に重きがおかれることになる。これが、人間性を矮小化し、ゆがめる所以だと思う。(まぁ、「そんな卑屈な自己保身に走るのは、アンタだけだよ。」と言われたら、グゥの音も出ないんだけれども。)
貨幣を対象化・貨幣的欲を拒否する教育とは、上のような貨幣にまつわる嫌らしい事例を列挙していくことも、そのコンテンツになるのではないだろうか。

投稿: ohiya | 2014年7月15日 (火) 02時43分

「ぐぅ」
代わりに出しておきます。

貨幣社会?

社会経済のことでしょうか、確かに、信用が大事です。一万円札をかりて、ちょっと真ん中に穴が明きましたけんどなどというてかえしたら大変、信用をなくしてしまいます。キズもんにしぃたら、したで、落とし前つけてもらわなあきまへん。そら小学生でも知っとるで、「弁償せぇやぁ、、、」その小学生も、ぢうえんかりてかえせへんかったらもうかしてもらえへんのや、わかるか?

投稿: ぶん | 2014年7月15日 (火) 04時34分

@bun
貨幣社会。'11年9・26.「貨幣の稀少性と差異」本文参照のこと。

投稿: ohiya | 2014年7月15日 (火) 22時07分

@iwatani
貨幣のせいで、のびのびした明るい、人間性の発揮ができなくなる。
これに付け加えて、
「貨幣は、競争を生む。」を挙げておきたい。そしてそれに付随して、敵対心というものも発生させる。私の嫌いな競争心とは、なるべく社会の上で上位にいたいという欲であり、コミュニケーションの大きな障害の一つである。敵対心とは、これまた完璧な友好とは真逆のものである。
人間、ある事に取り組むきっかけは単純に自分の得意なこと、人の役に立つことで充分なのに、そこへ他人との比較、優劣を決めるなんてことは不必要である。それを貨幣を持って勝ち負けを決めるなんて言語道断である。それは人間の助け合う心を、阻害する。
競争心がないと、物事発展しないとか、やる気が薄れる、勝利のの喜びがない等とぬかす奴とは、私はお友達になれないと思う。処刑じゃ。

投稿: ohiya | 2014年7月20日 (日) 01時05分

今晩は、小渕です。
なんちゅうか、今回の催事で会長と中華料理屋で6名で飲んだのである。会長は一代で社を創った人であり、立志伝中みたいなドラマチックな人生を生きた人である。夢は日本中に店を出すことだといっている。まぁ豪放な人であるが、人情にも厚く面白い人だとも私は思っている。話を聞いていると、どうも自分と会長では、カネに対する感覚が当然ながら違うのである。
なんか会長はカネを、カードかコインのように思っているのではないか。「夢を持たなくちゃ、生きていても面白くない。」とよく言っているが、それを達成するためにおカネを儲ける。700億なんて普通の庶民の会話には出てこない単語である。小さな生活費程度の話ではない。こんな人らが、日本を引っ張ってきたのだとも思う。
だけどなー、もう充分だとも思う。Too Muchである。これだけ日本中が贅沢になり個人中心になり、挙句に少子高齢社会になってしまっては、国内国民相手の商売は先細りの未来しか見えないのではないかと思う。
私が貨幣について、恐怖感・嫌悪感を持つのも、それの循環ルートが、下に行けば行くほど細くなり下々の生活が小さくなり、格差拡大ひいては日本中の貧困化を招くのではないかと恐るのである。
このままの状況で、貨幣に対して何の疑問も持たず、人々がそれを正当視したままでいるのが怖いのである。苦しくなるのが嫌で貨幣主義社会の中で、勝ち上がっていこうという輩が醜いと思うし不快なのである。
私も無貨幣社会のイメージというのを想像したけど、一足飛びにそんなの実現できるとは思っちゃいない。だけど、このままの社会ではどうみてもお先が知れていると思うのでなんとかしたいと思っちゃたのである。なんとか、皆さんに貨幣の弊害・無残さを知らしめて、それを乗り越える発想を持って欲しいと思うのである。それか、貨幣の残酷さ・非人間性をよくよく知った上で、それを目的じゃなく単なる生きていく手段に格下げをして使いこなしていくという風にはできないだろうかと思う。
最終目標は、カネを集めることではなく、多くの人と楽しく生きて死んでいくことである。バカヤロー。 yachtyacht

投稿: ohiya | 2014年10月20日 (月) 22時51分

[変更]不快→不毛
死んでいくこと→悔いを残さず死んでいくこと

今の状態は、カネがご主人様であり人間が奴隷である。完璧にカネに使いまわされているではないか。正義や良心よりも利益=カネが、尊重・有難がられているじゃないか。エエカゲンにしろ。小人を脱して大人になりたい。

投稿: ohiya | 2014年10月22日 (水) 05時29分

[変更]正義→友愛

投稿: ohiya | 2014年10月22日 (水) 05時38分

「貨幣によって、誇りは剥奪される。」
どうにも貨幣があるせいで、人間の仕事というものが貶められているような。「誇り」というのは、自分のことよりも他者のために生きたい、努力したいという時に生ずるのではなかろうか。それが貨幣があるせいで、どの仕事も「結局自分のため」というところに落とし込められる。バカヤロー。屈辱である。だからどうみても、人間の顔は卑屈に見えてしまう。相互に支え支えられるという協力的・コミュニケイティブな関係なら、人間の顔は明るく、気だかく見えるのではなかろうか。
貨幣とは、屈辱である。でも、貨幣なしでも生きていけるのか、自分の心に問いかける必要があるんだけれども。

投稿: ohiya | 2015年2月 7日 (土) 05時03分

前にiris60さんが「特権階級」と書いて議論になったけど、わしみたいなことを書いてる奴を「青臭い特権階級」と言うんだろう(寝言をこける権利を有する者として)。本当にローンを抱えていたり、子供や年老いた両親の世話に追いまくられている人達から見たら、「何を寝言をこいとるんじゃ、バカタレが」といわれるのが関の山だろうな。わしも本当に薄給の身であるが、おかげさまでなんとか日々を過ごしているだけなんだけど。
でも誰であろうと誰かが、貨幣の非人道的な面を言及しないとどうにもならないと思うのである。

投稿: ohiya | 2015年2月 8日 (日) 01時04分

[訂正]上の上のコメント
努力したい→社会に貢献したい

投稿: ohiya | 2015年2月 8日 (日) 01時13分

[訂正]同コメント。
「結局自分のため」→「自分の欲を満たすため」「生きていくため」という低レベルなものに落とし込められる。

卑屈→卑小

相互に支え支えられる→無貨幣社会の中で、支え支えられるという協力的・コミュニケイティブな関係なら、人間の顔は明るく、気だかく見えるのではなかろうか。

投稿: ohiya | 2015年2月 9日 (月) 23時47分

「食ってく為にゃー働かな、しゃーないやんけ。」
それこそ牢獄のような社会でしょ。自負も誇りもない。単なる奴隷。

投稿: ohiya | 2015年2月10日 (火) 23時55分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/140652/59625926

この記事へのトラックバック一覧です: 貨幣を対象化する契機とは:

« 生命とプログラム | トップページ | 資本主義の女性化? »