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2014年5月 9日 (金)

日本にノーベル平和賞--やっぱり女性はエライ!

この記事(ユーザ登録(無料)が必要)。記事の要旨は、座間市の鷹巣直美さんがノーベル賞委員会にしつこく働きかけ、署名も集めたため、『日本人』が正式にノーベル平和賞候補になった、というもの。

署名サイトはここ

活動の公式ブログはここ。今現在の最新記事は5月5日づけ。

昔(1997年)、「地球憲法第九条」という本が講談社インターナショナルというところから出版されている。2005年にたちばな出版というところから再版されているが、どちらもAmazonで中古本が入手できる。

(うちは、あらゆる本が猫の吐瀉物で汚れていて、だめ。)

以前Twitterで、努力次第で日本はノーベル平和賞をもらえる、とツイートしたが、無反応だった。まあ、愚劣な人たちの愚劣なサイトだ、少なくとも日本のTwitterは。今私は、Twitter無活動。Facebookはアカウント完全削除。

しかし、これほど平和努力ゼロで、反平和努力にばっかし邁進しているバカ総理が長期居座ると、もちろん、平和賞どころではなくなる。

自民党の良識派すら、言っている:「安全保障とは味方をたくさん作り、敵を作らないこと。今の安倍政権は、安全保障努力ゼロで、きわめて危険。彼は、敵を作る努力にばっかし、熱心だ。」

良き政治努力は(双方向コミュニケーションのある)ネットに移行しつつあり、古い議会制民主主義(選挙、立候補、銭虚膿獰、投票、代表制、…という愚民的茶番的かったるさ)は、ますます無能なバカの集まりになりつつあるのかもしれない。今、有能でまともな人は、議員なんて絶対なりたくない、と思ってるよ、きっと。これもある意味危険だけど、移行期だからしょうがない。

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コメント

関係の無いようなコメントになってしまい恐縮ですが、
ある雑誌でイビチャ・オシムさん(前サッカー日本代表監督)が語っていた記事を思い出しました。
「・・(前略)・・ところが男性(日本の)は仕事と金に囚われすぎているように私には見えた。仕事をしては稼ぎ、また仕事をしては稼ぐ。その繰り返しで疲弊し、自分を表現する余裕も機会もない。日本で本物の生活を送り、自己表現ができる本物の人生を歩んでいるのは、実は女性のほうであった。」

投稿: msataro | 2014年5月11日 (日) 07時23分

そうですね。このノーベル平和賞候補イニシアチブも、イメージ的に、今の日本の男・男性とは全然なじまないですね。水と油以上に、合わない。

投稿: iwatani | 2014年5月11日 (日) 07時57分

@iwatani
>古い議会制民主主義(選挙、立候補、銭虚膿獰、投票、代表制、…という愚民的茶番的かったるさ)は、ますます無能なバカの集まりになりつつあるのかもしれない。
今この地では、市長選・県議員選のW選挙中である。街頭演説や選挙カーでの自分の名前の連呼「ようあんな虚しいことやっとるなー。」と思うばかりである。
あんなことをやって勝ったとしても、全然偉いとは思えないんだけど。あんなことをやらされるたんびに、性格がねじくれていくことは容易に想像できる。だって誰も聞いていなかったり、白い目で見ているのを感じながらも無理やり自分に強制しているんだから。ねじくれるか無神経・傲岸になるしかないだろう。アホンダラどものような気がする。
俺なら渋谷陽一バリにZeppelinの胸一杯の愛かE,W&FのLet Me Talkをオープニング曲にするか、カラオケで熱唱するね。ビートルズのWe Can Work It Outをアコギで歌うのもやってみたい。なんにしても今の選挙活動なんてのをやるのは、みんなに不幸しかもたらさない。

投稿: ohiya | 2014年10月 4日 (土) 07時53分

なんかそんな選挙を何度も勝ち抜いてきた、勝ち上がってきた奴らが大臣や総理なんかになるのだから、これは非人間的になるしかないのでは。そんなやからが我々の生活の政策を決定しているんだから、不幸としか言い様がないではないか。競争、トップに上がろうとする欲は、怖いんですけど。

投稿: ohiya | 2014年10月 5日 (日) 02時00分

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