« 都知事選で女性候補がいなかった理由 | トップページ | あらためて「貨幣が差異であると認識することの重要性」について »

2014年3月21日 (金)

贈与社会(贈与経済)

うーん、インターネットを贈与社会進展のトリガに、と考えている人もおられるのだなぁ。

これまた女性。21世紀は、「エライ人はみんな女性」の世紀か?! 逆に、オトコはますます、バカばかり目立つが。

かつて、Linuxオペレーティングシステムの生成と分有(共有)のあり方を、贈与経済の部分的復活、と呼んだ経済学者がいました。名前は忘れたけど。

インターネットも、巨大サーバ企業に牛耳られている状況が終わらんと、どもならんね。

|

« 都知事選で女性候補がいなかった理由 | トップページ | あらためて「貨幣が差異であると認識することの重要性」について »

コメント

iwataniさんは既にお読みでしょうが、工学部出身の経済学者、野口悠紀雄氏がビットコインの解説ををダイヤモンド・オンライン(会員登録要)に連載していて、その中で、マーク・アンドリーセン(ネットスケープの開発者)がニューヨーク・タイムズに語ったエピソードを紹介しています。

ある人が、スポーツの実況中継中に「僕にビットコインを送って!」という文字とQRコードを書いたプラカードを持って立ち上がったところ、最初の24時間で2万5000ドル集まったとのこと。実況を見ていた人が、スマホでQRコードを読み込み、クリックして送金したんだそうです。

少額の贈与に要する手間とコストが大幅に省かれることの意義は、かなり大きいのでしょうか?

投稿: iris60 | 2014年3月21日 (金) 20時59分

ばか野郎、できもしねぇ夢みたいな、虚しいだけのア
ホ論説はやめろ。なんで贈与だけで社会がまわる。人
間が働く動機なんて、その人間の欲望の大きさだけに
関わっているのじゃ。そうでないと、そんな面倒くさ
い仕事に誰が、毎日毎日我慢して続けられる。みん
な大部分が、そんな思いで仕事やっているに違いな
い。そんな動機で成り立っている社会に貨幣をなくし
てみろ。すべてが「タダ対タダ?」。ありえねぇーだ
ろ。ありえねぇーだろ、そんな社会。働かねぇーぜ。
なにもしねぇーぜ。人間なんて誰かに認めてもらっ
て、対価をもらわなければ働かねぇッつーの。だれが
タダで働くか。だれも反論できめぇ。

投稿: ohiya | 2014年3月22日 (土) 05時21分

@ohiya
「夢みたいな、、」とおっしゃいますが、ここの場は
その夢を実現させるために皆が論議してるんですよ。
私は皆さんのように論客ではないので、上手くお伝えできなくて恐縮ですが、「タダ」っていうのは頭に「貨幣的に」って着いちゃうでしょ。そうじゃないのですよ。
「タダでもいいから働かせて下さい!」って言う輩ほど貨幣に囚われているんですよねぇ。タダとか簡単に言うなって事ですよ。

投稿: musataro | 2014年3月23日 (日) 07時30分

俺には見えないのである。貨幣のない社会の
有り様が。どれだけコミュニケが密になれば。
前にiwataniが「リソース(資源?)の
共有方法は極めてテクニカルな問題であり、
それこそがコミュニケーションの重要問題で
ある。」と書いていたが、解らない。
貨幣が“悪”であるのは、わかる。(なにがト
リクルダウンで下々も潤うだ。バカ野郎。な
にがマネーゲームで一攫千金だ。あほんだら。)
しかし、一気に貨幣撤廃になると、想像
できない。
 今できるのは、「貨幣は必要悪である。」
事の周知徹底ぐらいじゃないだろうかと思う。

投稿: Ohiya | 2014年3月23日 (日) 08時54分

@musataro
このohiya氏は、つい最近の某氏とまったく同じタイプの論理エラーを犯しています。“タダ対タダ”などの視点は、贈与社会に観光客としてタイムマシンでワープしてきた貨幣価値社会(交換価値社会)の住人(の一部)のみが持ちうる概念ですから、明らかに議論のルール違反です。タダは、まさに貨幣概念ですから。

納豆のない(知らない)、大豆すらない(知らない)国の人に、おめーら納豆食わねーから長生きしねーぞ、と日本人が言ってるようなものです。むしろ、その国の人の方が、長生きだったりして…。

あるいは、サッカーに対してバスケファンが、ボールをドリブルできない球技はだめ、やる価値がない、と言ってみたり…。

それにしても、一部の日本人の論理性のお粗末ぶりは、相変わらず、目を覆いたくなるようなひどさ。

なお、Linuxの生成史が示しているもっとも重要なことは、完全な相互贈与社会においては、貨幣的トランザクションが無意味な邪魔者、生産と流通の効率を妨害する煩わしい儀式と、みなされてしまうことだと思います。

ちなみに私は、買い物に出かけるとき、頻繁に財布を忘れます。たしかに、貨幣って余計な邪魔者です。:)


投稿: iwatani | 2014年3月23日 (日) 09時02分

今の人間の眼に見えないというだけで、何世代も先の未来に相互贈与社会が来ないとも断言できないでしょう。

チャップリンの「ライムライト」の有名な台詞に、
「人生に必要な物は勇気と想像力と、少々のお金だ。」
All it needs is courage, imagination, …and a little dough. (doughはドーナッツのドウで、練り粉=お金)
というのがありますが、「少々」というのが重要で、この「少々」を得るために日々苦労するわけです。

この点、ケインズの「賭け金を下げよう」という提案は、依然としてある示唆を含むように私には思えるのですが、ビットコインによる「マイクロペイメント」はそうした可能性を開くものでしょうか?

もちろん(擬似)貨幣である以上、コミュニケーションの非対称性からある種のバブル(2万5000ドルも集まっちゃった〜!)を生みますが、それとて、本来の peer to peer で管理されていれば、Mt.Gox(=巨大サーバ?)のような問題にはならないはずです。

投稿: iris60 | 2014年3月23日 (日) 12時13分

「タダ対タダ」ってのは、だれかのコメント
に使われていたのを、軽く引用しただけで
あって、たいした問題じゃない。それこそが、
問題だというなら、そうですかというしかない。
それより聞きたいのは、「共有方法のテクニカ
ルな話題」という方です。どのように感じれば、
あらゆるものを「空気」のように捉えて、それ
が過不足なく満ち揃えることができるのか、
最初にどのようにコミュニケ学習を受ければ
良いのか、個人の欲と、社会のニーズとの適合性、
などなど。(「オレッチ、疲れているから5日ほど休
むし、あと頼むねー」的な外科医者。)
皆さんも貨幣のない社会を、リアルに想像で
きますか?見えている人がいたら、教えてく
ださい。

投稿: Ohiya | 2014年3月23日 (日) 12時24分

例えばある男の一日の日記形式とかで、書い
てもらえるとありがたいです。ほかでも構いません。

投稿: Ohiya | 2014年3月23日 (日) 14時18分

「貨幣のない社会」は想像出来ない=想像力の延長上にないと思うのです。

ありようとしては「いま・ここ」でしか実現しえないものであるような気がするのです。

だからそれをどのような形で把握しえるのか、そもそもそのような<全体性(=擬似的客観性)>の把握が可能かどうか、疑わしいと思います。

「贈与」という言葉は社会科学的な手垢に塗れているので、個人的には「付与」とでも言い換えたいところです。ただそれを「相互付与社会」と言ってしまうと、また<全体性(=擬似的客観性)>の陥穽に落ちてしまいますが。

想像の延長をとっぱらって、
絶えざる現前=Presence(であること)によって、
Present=現実、付与物たらしめることができるんじゃないかと考えてます。

投稿: fk1119 | 2014年3月24日 (月) 00時27分

@fk1119
返信、ありがとうございます。
読ませてもらい感想は、「いやー、すごいっ
すねー。」という感じです。昔あったイター
ナウ(eternal now)という言葉を思い出
しました。「永遠の今」っていうのですか。
それを体感して生きていく、というメージ
ですかね。
しかし、全体性を把握できずに、現前(だけ)
を見て生きていくって可能でしょうか。
その不安を打ち消すのが、コミュニケーショ
ンネットワークということですか。
んーん、その境地に人類(自分)は立てるの
だろうか。あと、人の志向と社会とのマッチ
ングも、うまくいくのでしょうか。

(ほかの皆さんの、イメージもあったらお願
いします。)
(いっぱい間違えて、傷ついて、恥かいて
前に進めるのだと思います。行儀よくしてい
ても、、、)

投稿: Ohiya | 2014年3月24日 (月) 04時20分

@fk119
>「貨幣のない社会」は想像出来ない
それは、あなたとか、あるいはOhiyaさんのような人には、たまたま想像できない、にすぎないでしょう。

私なんか、非常に充実した、コミュニケーションの活気に満ちた社会として、十分に想像できますよ。

投稿: iwatani | 2014年3月24日 (月) 08時21分

 「ばか野郎」などと平気で言っちゃうところをみると、このひとはコミュニケーションを「タダ」だと思っているようだ。
 コミュニケーションは「タダ」ではないよ。貨幣とは別の意味で。
 貨幣以外の度量衡、自己否定する度量衡が実感できないと、わからないのかもしれませんね。

投稿: 市川智 | 2014年3月26日 (水) 12時51分

僕の兄はユダヤ人と仕事した事あるのだが、彼らが大嫌いだと言ったので、なんでと聞くとあいつら守銭奴だからだそうだ。

投稿: bad | 2014年4月 2日 (水) 23時00分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 贈与社会(贈与経済):

« 都知事選で女性候補がいなかった理由 | トップページ | あらためて「貨幣が差異であると認識することの重要性」について »