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2013年6月10日 (月)

×雇用○生活(+学習)

過去に何百回何千回書いてきたことだけど、生きてるかぎり何度も繰り返したい。

社会がある時点で必要とする労働力は、たとえばn人で足りている。しかし労働力人口は通常、n+m人いる。労働力人口がm人余っているのが、社会の常態である。

だからそのm人を、失業者とか、ネガティブな呼称で呼ぶのは間違っている。

雇用が絶対善、雇用されてないことは悪とする思想は、間違っている。それは、社会の常態に反しているのだから。

そのm人には、生活費+学習費を補給すべき。学習意欲のある人には。

万人が有賃労働をしてなきゃ生きていけない、とするのは、無根拠な強迫であり狂気の思想だ。n人の人と、m人の人たちは、完全に互角同格である。人はたまたま、nの一人だったり、mの一人だったりする。mをネガティブ視する思想が、間違っているのだ。

労働力はだいたいいつも足りてるのだから、つまり余っているのだから、政治家の「雇用を増大します」はつねにウソである。しかしこのウソもまた、強迫と狂気がそう言わせているにすぎない。雇用、絶対善、非雇用、悪とする狂気。

もっと、正気と常識を!
強迫から醒めて正しい、やわらかな、リラックスを!

障害者の自立支援も、無理と強迫のかたまりだ。たまたま好きなことや得意なことで自立している人は自立してればよい。そのほかの人は、好きなことを毎日やってればよい。それが自立と結びつく・つかないは、気にしないこと。自立を絶対善とする狂気の思想は、人と社会を害する。

有賃労働のない人もふつうに生きていける、自己をネガティブ視しない社会からこそ、新産業も自然に生まれるのだ。その人がやりたいこと、やってみたいことから。勉強してみたいことから。それがないから、前書いたように、アベノミクスはミニバブルだ、と言うしかない。

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すべての人間が、明るく、前向きの、心豊かな人生を送る資格と権利を持っている。それをはばみ、多くの人間の心をみじめに卑しくしているのが、この、雇用(有賃労働)絶対善の、狂気と強迫です。この狂気強迫から全員が醒めることで、新しい文化も経済も大きくのびのびと花咲くのであります。一国においても、全世界的にも。貨幣の小手先操作では、景気は回復しない。南さんのコメントにある、自己商品化という狂気も、社会全体の強迫に押されてそうなる、という面もありますね。


(本稿未完)

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コメント

ついつい、その狂気や強迫に、
その方向に考えてしまうことが
まだ時々あるので、
イカンイカンと反省する意味も含め
賛成です。
と書かせてくださいな

ワシ、まだ覚醒しきれてないな

Simomitu

投稿: 下光博之 | 2013年6月10日 (月) 23時05分

政治家が「雇用を増大する」と言っている一方、実際の労働の現場では、n人だけ残せば良い、m人は首を切っちまえという環境はまだまだ続いているように思えます。・・・話変わりますが、一部でミニバブルが起こっているようですが、下々のところには泡は届かないようです。笑

投稿: musataro | 2013年6月11日 (火) 07時13分

私は無職の時期が長いので、いろいろ考えさせられました。(現在は働いています)現在はいわゆるニートが激増しているらしいですね?

投稿: ボロミンクン | 2013年6月11日 (火) 07時35分

あと、自己商品化という狂気もあります。

なぜ、自己を商品として市場に提供するのか?

なぜ、商品として価値があるとかないとか判断されなければならないのか?

商品じゃないだろ、人間だろ。

投稿: 南 | 2013年6月11日 (火) 08時24分

@南 市場で大量に売れている物が価値があるものとは限りませんね。

投稿: musataro | 2013年6月11日 (火) 10時00分

「岩谷氏が批判する命題」=被雇用は生きる目的ではない=命題Aの本来の趣旨は、命題B=労働せずに自己再生産は叶わないでしょう。Aが正当であることに異を唱える人は少ないでしょうが、もしそれがBの批判も含意するならその主張には到底賛同出来ません。Aを主張される氏及び賛同者はこの点をどうお考えかお尋ねしたいところです。

投稿: | 2013年6月12日 (水) 12時46分

失礼、名前をつけませんでした。ゴンベとしてください。

投稿: ゴンベ | 2013年6月12日 (水) 12時47分

重ねてすみません。命題A=被雇用が生きる目的、ですね。訂正します。

投稿: ゴンベ | 2013年6月12日 (水) 12時53分

@ゴンベ 支援してもらえるのをいい事に、食って寝ているだけの人間の生き方に誰が賛同するもんですか(ちょっとうらやましいが。笑)。
そうではなくて、例えば「私は本当は小説家(あんまり例えがよくないな)になるのが夢なんだけど、そんな時間も余裕もないので、とりあえず出版社にでも雇ってもらうか
」と・・いう生き方をやむなく選ばざるを得ないというのは健全じゃないという事だと思うのですが。

it's up to you

子供の頃 見た夢は
時が経つにつれ あきらめて
しまうものだと
人は言う でも たとえ
お金がなかろうと 才能がどうであれ
It's up to you 君次第さ It's up to you あきらめないで

by musataro すいません酔ってます・・・

投稿: musataro | 2013年6月12日 (水) 14時43分

残念ですが「自然」と人間とでは正気つまり狂気の意味がやや異なります。そうではない人も多分いるだろうことを前提としてですが自己利益と認識するものの極大化を目指すのもまた「正気の」人間の所業です。
したがって残念ですが詰まるところ人間の「非自然的」部分についての正気狂気の別は社会的な合意、私とあなたとの合意、それ以外にはあり得ない。「あなた」を説得し納得してもらう他には、天国への扉を開ける道はない。

投稿: ゴンベ | 2013年6月12日 (水) 18時33分

有用無用でわけることから経済活動という名の断絶がはじまります。

障害者支援については、hiwaさんがここで述べておられるような考えが拡散すれば、支援する側とされる側にとってもリラックスできる世界になるんじゃないでしょうか。スティグマがとれるわけですから。

このような理想は、とてもフラジャイルな考え方なので、なんどでも拡散しなくてはなりません。

投稿: 長谷川 | 2013年6月15日 (土) 14時28分

@iwatani
>有賃労働のない人もふつうに生きていける、自己をネガティブ視しない社会からこそ、

なぜ、そうできない社会なんだろうか。それは根底に、労働というものが「本当はしたくはないのに、仕方なくやらされている苦役である。」という考え方が、万人に支配しているせいでしょう。だから、無労働で生きているやつは許せない、生きていて後ろめたいとなるのである。
「労働=苦役」とはキリスト教の考えではなかったっけ。そうではなく、「働く=自他の楽しみ」というのに変換できれば、働かない者に対して目くじらは立てないだろう。自分のしたいこと、得意なこと、社会に必要な仕事に就くことができる状態が究極の理想である。自主的に、「働くことが楽しみである、精神的にも肉体的にも健康に良い」、と考えれれば労働は自分にとってプラスである。
はて、どうすればそんな社会になれるか。まー、ほとんど難しいだろうとは思うけど、とにかく「カネを持っていないやつ、稼げてないやつ=無価値」という公式を完全否定できなければ、不可能ではなかろうか。急に粗雑になるが、手っ取り早い話が・・・。言わずもながでしょう。

ところで、話は変わるけどNHKの今の朝ドラをみてびっくりした。輪島の方言がビッタシなのである。土曜の主人公の子役の怒ったセリフに、全くの違和感がなかった。なんでこんなに地方の方言に力が入っているのか、逆に不思議である。しかし、ドラマ制作も進歩したんだなー、と認めるしかないのだろうか。スゴイ、スゴイ。

(「ダラんねーかいや。しっかりせーまん。こんな腐った社会終わりにしよーまいや。おまえほんとに満足しとれんけ。なんでこんな仕組み変えられんげて。よーく考えてみようぜ。変えたほうがいいやろ。悪いところはわしらにもいっぱいある。それを直視して変えたらいいがいや。よーく見つめて反省してこーまいや。」)

投稿: ohiya | 2015年4月 5日 (日) 06時01分

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