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2013年6月23日 (日)

世界遺産と人類の滅亡

世界遺産、と聞くと、たとえばスポーツの世界のIOC公認競技、などを連想する。
完全にcrowd-sourceで完全に民主化されてればよいものを、どこかが異様に権威化する。
また、それをありがたがる大馬鹿たち。

そう言う意味では今後は、世界遺産になど絶対にならない、すごいおもろしろいところ、すごく考えさせられるところ、などが完全民主的に人気スポットになることが、人類が健全性を取り戻すための主たる道である。

しかし人類は果たして、過去には健全であり、その健全は取り戻せるのか? この二つの問い、最初の答がノーだから、第二の問いは問いとして成り立たない。取り戻す、と言わず、初めて確立する、と言おう。

そもそも、"遺産”は死者が遺すものだから、世界遺産という発想の無意識の中には、近々の人類の滅亡の予感がある。また、このような過去勘定を始めること自体、人類の歴史という名のモーターが、停止直前のゆる回転に入っていることを意味する。元気に走っているときは、過去勘定なんかに心・頭が向かわない。

過去勘定しかネタがない、あわれ。今、前を向いて、走るべきものがない。ほんとは、あるのに。それは絶対に、見ようとしない。

近々に起きる、人類滅亡の原因は、この種が抱える唯一最大の、しかも慢性重篤の宿痾、コミュニケーション不能(自己疎外+他者不在)である。たぶん、人間対人間のコミュニケーション不能が三割、人間対自然とのそれが七割ぐらいか。後者の他者不在、傲慢、hubrisは、3.11がその例を示している。今後は原発のようなmE変換技術だけでなく、遺伝子工学、宇宙開発技術なども、制御不能の大惨事を招いていく。

だいたいそもそも、世界的大スターがimagine there's no religionと言っても、マクロレベルの人類が宗教から醒め、nothing but the water is gonna bring my soul to bare、とはならない。相変わらず宗教を刃とし盾として、殺し合いをやっておる。この、laying the foundations for the real communications science to comeを掲げるささやかなブログにおいておや、はるかに無力である。

というわけでいよいよモーターが摩耗し、最後のゆる回転に入っていくのだ。

ところで、遺産というものは、次の時代の生き物から見て意味不明/無価値な、じいさんたちの「思いこみ物」がたいへん多い*。「何でも鑑定団」のお笑いが、その例を多く示している。そう言う意味では、今の世代がそれらを破壊することにこそ、積極的で健康な、前向きの、意味があり得る、と言えるだろう。
〔*: 次の時代の生き物が、人間以外でも、人間の次世代でも、意味不明無価値等々の状況は同じである。〕

破壊される方が、破壊された方が、ずっとずっと良いのである。過去勘定の、無化。「世界廃墟」*。
〔*: from iris60, see below.〕

富士山あたりたぶん自己破壊(巨大噴火)により、いずれは、単なる溶岩台地or火山灰台地と化すよな。きっと。

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コメント

「世界遺産」なんやらと言い出した頃から世界が最終的に、グローバルにおかしくなってきたという感触は確かにあります。
でも、過去のすべての人類も、やっぱり健全でなかったのだから、あぁやっぱり滅びていったんだなあ、という確認をする場所としての「世界廃墟」は有意義ではないでしょうか?
「元気に走っている時」は、十中八九hubrisなのですから、そうしたhubrisから覚醒するための芸術家の仕事は、ただ廃墟を作りつづけること、それだけなのではないでしょうか?

投稿: iris60 | 2013年6月24日 (月) 02時02分

最初に結論/希望/応用法ありきの科学は科学ではない。

しかし、それがなければそもそも起動しない。

そういう絶対的な矛盾を科学は基盤にもっている。

投稿: 南 | 2013年6月24日 (月) 08時32分

@iris60
> 「元気に走っている時」は、十中八九hubris
元気でも、元気でなくても、hubriそのものはまったく同じですよね。抱えているものが変わる契機は、どこにもないです。「世界遺産」も、ある種のhubrisがベースでしょう。

でも、「世界廃墟」はいいですね。作者のiris60さん自身にご使用の予定がなけれが、バンド名に使いたいですね。音がすげぇパワフルで切れ味良ければ、売れそう!

投稿: iwatani | 2013年6月24日 (月) 13時52分

 外部への「権威化」が滑稽なのは、
「先人の遺産であるならばそれは既に自己の裡にあり、正反いずれにせよ自己を成している」
 ということが省みられることなく、むしろ先人(というより自己に先立つ自然と先人の
関わり)をすっかり忘却して平気なつもりでいるからです。

 「過去勘定」を無化すべきなのは、それへの執着が浅ましい他者不在だから。
 しかし、無化はしても忘却すべきではないと、私は考えています。

投稿: 市川智 | 2013年6月24日 (月) 13時57分

@iwatani
どぞ、どぞ、ご自由にお使いください。でも万一売れなくても知りません(笑)。
コミュニケーション無き場にはびこる宿痾こそがhubrisだというのが、おそらく圧倒的に正しいのだと思います。

投稿: iris60 | 2013年6月24日 (月) 18時44分

今回の記事とやり取りは、とても面白く
勉強になりました。
学ぶところがあれば、僕には価値があります

富士山に関しては、たまたま
通りかかることでもあれば、
見上げる事もあるくらい、かな。
一生に一度は登りたいと話す人に
会ったことはあります。

「へえっ」
そういうものか、と思ったのを思い出しました

世界廃墟、インパクトあるバンド名ですね!

simomitu

投稿: 下光博之 | 2013年6月28日 (金) 22時45分

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