« 社会主義/共産主義はなぜ失敗したか | トップページ | コミュニケーション視座からの自然科学の解体脱構築 »

2013年2月28日 (木)

キリスト教の真髄とその誤解史(補遺1)

いまだに(13/02/28)、欧米メディアだけでなく日本のマスコミもローマ法王の一件を大きく報道している。

根源的に宗教とは、共同体が身にまとう衣裳であり、セーシン的武装である。

今の主流である(イエスの談話の完全な誤解である)教会的教団的キリスト教は、神と人との和解(”神は愛である”)という都合の良い部分を、共同体が宗教として取り込んだものであるにすぎない。

コミュニケーション有能へ向けての人類の進化には、あらゆる宗教の廃棄が必然的に伴う。

共同体幻想としての、教会的教団的キリスト教は、イエスの霊によって罰せられる。

(このところ十分なヒマがないので、これも今日はこのへんで失礼。)

|

« 社会主義/共産主義はなぜ失敗したか | トップページ | コミュニケーション視座からの自然科学の解体脱構築 »

コメント

(続きが読みたい・・・)

イエスの体験したこと考えたことが知りたい。
それが書いてあるのが『聖書』なんだろうけど、信仰していない者には読みにくい。

投稿: 南 | 2013年2月28日 (木) 08時45分

宗教の本質が死の克服だとすると、そー簡単に消えない気がする。

投稿: bad | 2013年3月 2日 (土) 15時20分

昨日、今日と暖かで、楽に過ごせましたネ
春を嬉しく感じるようになったのは、歳なのかも
なにしろロックファンなら
冬に駆け回らないと、と、思いますもの
さて、

「キリストを信じるな。
キリストの信じたものだけを信じよ。
シャカを見るな。
シャカの見たものだけを見よ。」
by きつかわゆきお

僕は、これを胸にしています

simomitu

投稿: 下光博之 | 2013年3月 9日 (土) 17時59分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: キリスト教の真髄とその誤解史(補遺1):

« 社会主義/共産主義はなぜ失敗したか | トップページ | コミュニケーション視座からの自然科学の解体脱構築 »