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2011年12月 5日 (月)

神はhubrisを罰す

この際、「神」という言葉を便宜的に使わせていただくけど、これは私が感じている歴史法則の一つなんだ。歴史に残るような、大きな、ネガティブな社会現象には、だいたいこれが言えるんじゃないかな。そういうhubrisの主要原料は、「オトコの光景」+「トレード妄執」+「他者不感」、これらが作り出す大きな空隙(うまっているべきなのにうまっていない)に、いつか、大きな悲惨な陥没が起きる。

要するにこれまでの人類は、あんまし賢くない。万物の霊長なんて自称も、hubrisでしょう、歴然と。

この文は、具体的に書いてるといくらでも長くなるが、やめておく。

真のコミュニケーション学/コミュニケーション理論を追究するこの--おそらくまだ世界で唯一の--ブログや、その前身などが、今よりも3桁も4桁も多い読者数になってくれば、世の中に変化の「へ」の字ぐらい、感じられる雰囲気があるだろうか。

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コメント

コミュニケーション力は、生きていく力ですよね
これからも考えていかねば、と、思いました。
あと、
寛容さを持つことも大切なのかな?
とも思いました。

放漫は、いけません

simomitu

投稿: 下光博之 | 2011年12月 7日 (水) 23時29分

”戦争機械”であることをやめて”考える葦”に本当にならねば。なって欲しい。なりましょう。

投稿: みなみ | 2011年12月 8日 (木) 09時45分

もう一度、生まれ変わった気持ちで「他者」を信じてみよう!

投稿: saigonodorei | 2011年12月 9日 (金) 11時41分

人間てこんなにモロいのに。「鍛えて試す、(鍛えて為す)。」ではなくて…。

投稿: s.hodo | 2011年12月 9日 (金) 20時42分

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