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2011年7月11日 (月)

バッハの脱構築者Paul McCreesh

組曲(suite/partita)というのは、ダンス音楽集である。バッハにも、ピアノのため、無伴奏のバイオリンやチェロのため、オーケストラのため、等の組曲がある。たとえばヨーロッパの田舎の貧乏村の年に一度の村祭りに現れる、"流し"のバイオリン弾きのおっさんでも少女でも想像してみよう。彼/彼女は自分でも踊りながら(==立って演奏)当時の各種ダンスミュージックを次から次と…もちろん一人で無伴奏で…弾きまくり、村人たちを踊らせなければならない。

ところが、これまでの多くのバッハ作の組曲の演奏は、なにしろ偉大なる厳粛なるバッハ様の「御音楽様々」だ…と先入観してる…から、全然、ダンスミュージックになっていない。

そして、ビートルズが騒がれていたころはまだ生まれたての赤ちゃんだったPaul McCreeshは、2008年スイスのヴェルビエ音楽祭で管弦楽組曲を指揮し、ほぼ全員を立たせて演奏させている。すると、どういう音楽になるか。まあ見て&聴いていただけば分かる(YouTubeに全楽章がある)。

この人の「マタイ受難曲」が、またすごいらしい。ああゆうのは、ハリウッド/東映映画なき時代における、大シリアス大感動歴史ドラマエンタテイメントだと思うが(イエス--とのちに呼ばれた人--の処刑とその前後がクライマックス)、McCreeshのは、コーラス(合唱団)なし、ソロイスト…イエス、福音史家、マリア等々…たちにコーラスパートも歌わせている。どういう音楽になるか。それが、「劇表現」においてどういう意味を持つのか。想像つくが、聴いてみたい。

ところで、バッハの録音音楽の、ジャケットデザインの脱構築を、ついでに発見した。それは、John Eliot Gardinerによる、カンタータ全集だ。ガーディナーの音楽性は、すばらしいのかどうか、よく分からないが、このジャケットデザイン集はすばらしい。世界中の全員にとって、一見の価値があるだろう。


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コメント

ううむ
聴いてみたい
視てみたい
岩谷さんが音楽を
捨てていないのが
わかるのも嬉しい。
さて
猫赤ちゃんの幸を
祈っておやすみなさい
simomitu

投稿: 下光博之 | 2011年7月12日 (火) 00時25分

すべて表現物は音楽的であり、音楽に還元できる。

表現物による変革(自己&社会の)を目指すなら音楽を用いるのが近道。
才能があれば。

投稿: 南 | 2011年7月12日 (火) 08時49分

やっと聴ける観れるようにしました。
パソコンじゃないですけど ・・・
凄いですね。
こう全身からみんなが発する音
クラシックの固定観念がこわされて
小気味いい。
生でも体験したくなります。
ありがとう!

投稿: 下光博之 | 2011年7月18日 (月) 15時58分

同感!
あなたのような方がどんどん出てきて欲しいです。
アーノンクール曰く「もはやすべてを定められたものとして受け入れることはない。不遜や誤解に満ちた伝導によって築かれた解釈の不確実性は、関心を抱くものの探求によって揺らいでいる」

投稿: やわらかなバッハ | 2011年7月25日 (月) 21時17分

PAUL McCREESH に興味が出たのでCD を求めようと田舎の
行きつけのCD 屋さんに相談に行きました。
ここの主力は演歌です。たいていの私の買い物は、従って、
注文となります。ビートルズ・ボックスも、先ごろの PiL リマスター
再発も、何ソレ? って感じです。
通って馴染みになりました。そこで調べてもらった結果、
件の マタイ受難曲 は、製造中止。仕方がないので、
出ているモノの中で最新の ゛a spotless rose゛とタイトルされた
聖母マリア賛歌集を求めてみた、のであります。
これが、また、素晴らしい!
本当に、天からのシャワーのようなハーモニー。
ますます、マクリーシュに興味がわいて来るのでした。
おそらく、同年代の人だし。
いいこと教えてもらいましたワ。ホンマ

Simomitu

投稿: 下光博之 | 2011年8月14日 (日) 18時43分

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