« 自己論のスケッチ(1−6) | トップページ | nature-friendly technology(part2) »

2011年4月11日 (月)

Linux誕生20周年における孤想

Linuxが誕生20周年を迎えた(主要タイムラインの視覚化)。私は「初めてのLinuxディストリビューション」と言われるSlackware以前のLinuxのコードもいじったことがあるし、日常、Linuxオンリーのデスクトップユーザになってから10年以上経つ。

で、ここであらためて気づくのは、特徴的な世代差だ。Linus Torvaldsが20歳のとき(1901)、私は49歳だ。そしてまた、ビートルズのファーストアルバムのとき(1963)、私は21歳だ。私が音楽として積極的な関心を持ったSgt. Pepper'sとかMagical Mystery Tourのころ(1967)ともなると、私は26歳だ。

これを一言で言うと、私にとっては、自分と同世代の人びとがやってることや価値観は「つまらない」、積極的に参加する気にならない。しかし一方、新しい現象の当事者であるミュージシャンやソフトウェア技術者の同格な仲間になれるには歳が行きすぎている(スキルの蓄積もない)。というわけで私という人間は、上下二つの世代から"疎外された"状態がずーっと続いているのだ。

しかし、もっと重要なのは、基本的な理念の落差だ。

●ビートルズの音楽やメッセージの、そして広くロック音楽の、変遷の歴史は、「ステージ商品」とその「無名多数の消費者」という構造の、破壊を示唆しているのではないか?。タテタテ関係から、われわれ自身のヨコヨコ的関係の充実への移行を。

●だとするなら、パーソナルコンピュータ/パーソナルコンピューティングとそのネットワーク(≒インターネット)は、「一部の専門技術者が作る複雑高度なシステム」とその「無名無能多数のユーザ」という構造を固定化するためにあるのではなく、みんながアクティブにパーソナルコンピューティングでき、パーソナルネットワーキングできるためにこそ、あるのではないか。

(この理念の最大の反面教師がApple/Steve Jobsだが#、しかしこれら二者は、もっと大きな一般的な現象の"象徴"であるにすぎない。#Jobsは無名無能多数の(単なる)ユーザを、mere mortals(ただ死んでいくだけの人たち)と呼んだ。自分は金を儲け歴史に名を残すが、か…。)

私はプログラミングの本やLinuxの本を、一部の少数の専門技術者を育てるために書いた/訳したつもりはない(原則的にプログラミングは、まず、パーソナルコンピュータの全ユーザの素養になるべきだ)。そういう本が、これまでに売れた部数の5倍10倍とは言わないが、せめて2〜3倍売れていたら、犬猫たちの(高額な)治療費もまともに出せない、慢性貧乏人の状態ではなかっただろう。

というわけでこの私という人間は、上下二つの世代プラス、現代社会の主要な趨勢(象徴的に: あてがいぶちのspoon-fedのApple製品ユーザ)からも、疎外されてきたのである。…しかしそのうち、"mere mortalsのための製品群"は(ハードもソフトもネット上のサイトも)、どうにもならない行き詰まりを迎えるのではないか。どうだろう。

|

« 自己論のスケッチ(1−6) | トップページ | nature-friendly technology(part2) »

コメント

昭和39年生である私は、学生運動やロックや高度経済成長が終わったころにものごころがついた世代だ。
すべてに間に合わなかった。すべてが終わった後に人生が始まった。
なにもすることがない人生が。

岩谷さんだけじゃないですよ。

投稿: 南 | 2011年4月11日 (月) 18時11分

When I was studying ''Java's Grammar'', I was helped your word that everything is an OBJECT. Of course ExceptionClass is Object too. so, I could understand the most important thing of Java. I want to say ''Thank you''. And as me, the most attractive matter on Java is that we don't need to know difficult mathematics. For example when we want 'random number', just we write like this:
int randomNumber = math.random();
I think it's so wonderful!

…僕が「Javaの哲学」で、最も勉強を助けられたのは、
  Javaでは、すべてが Object! 
という認識です。
 それで「例外クラス」さえ、オブジェクトとだと納得できました。 ''例外''を除いて、ほとんどの本は、ホント分かりにくかった。
 ところで、僕が、Javaが好きな理由の一つに、難しい数学も必要がないという事です。
 例えば、乱数が欲しかったら、
  Math.random()
を使うだけですもんね。
 I want to get back to Java's world as fast as I can!

投稿: alarky | 2011年4月12日 (火) 20時44分

岩谷さんらしくないゼ
教えによれば、
今いる所から始めれば
いい、だけのこと
でしょ?
やりにくいのは、
知れば知るほど、だけど
例えれば、
ビートルズがいると
他のバンドはやりにくい
どう考えてもビートルズ
は越えられない。
だとすれば、
神棚に祭って信者に
なるか、プログレの
ように、ひたすら逸脱
するか。パンクのように
ムーブメントの付加価値
を武器にするか ・・・
以上
参考 ro_515.P192
多様なLinux使いの一人
に成りたい!
simomitu

投稿: 下光博之 | 2011年4月12日 (火) 22時38分

Yesterday, what I wrote is a little wrong. Sorry, I recalled that there are exceptions. Everything is not an OBJECT. Those are ''primitive value'', ''static class'', and ''static method''. They aren't related to Objects. Though it's not related to Java's goodness, I feel I should make it right.

…すみません、昨日書いたことで少し間違いに気付きました。それは、Javaの、特徴とは関係はないですが、訂正すべきだと思いましたので、Javaにラブラブな、僕としましては。
 プリミティブ値 、スタティック・メソッド、スタティック・クラスは、オブジェクトとは、関係ありませんので。
 岩谷さんの本には、そのことも書いてあります。
 オブジェクトとは、早い話、いい意味での妄想、プログラムを便利で、分かり易くするもの、と言ったところでしょうか。

P.S.
追加の訂正です。
×:--- I was helped your word ---
○:--- I was helped by your word ---

投稿: alarky | 2011年4月13日 (水) 20時27分

>上下二つの世代から疎外された状態がずーっと続いているのだ。
あの人もそうだし、この人もそうだ。

> mere mortals
あの人の訳出にどうも頷けないのは、この人だ。

投稿: 包 | 2011年4月14日 (木) 14時24分

linux20歳ですか。若者ですね。open sourceの魅力はこれから開花していくのでしょう。

今、Ubuntu10.10をインストールして使ってます。近頃はネット上に、質問のサイトがあります。インストールする上での問題は、既にそこで誰かが質問していることが、結構あります。

canonのプリンターのドライバーをインストールしようとして、そのソフトに拒否されました。僕が聞きたいことを質問サイトで聞いている人がいて、それを参考にインストールを成功させることができました。同じ道をたどった人がいたんだーと思いました。原因は、パッケージ管理ソフトのrpmとdpkg両方をインストールしていたので、ソフトがどちらを使うかを選べなくなっていたというものでした。

投稿: | 2011年4月15日 (金) 00時34分

上の投稿者に名前を書くのを忘れました。

投稿: hayashi | 2011年4月15日 (金) 00時35分

↓ 投稿者は名前の記入を忘れがちですの  で、記入しておきます。

投稿: | | 2011年4月16日 (土) 13時10分

パーソナル・コンピューティングにおいて、OSとしてのLinuxが普及しなかった、いや、未だに普及していない理由は、先般本ブログにて、GUI、またCLI等を例に挙げて少々触れさせて戴いたが(→ http://alga.moe-nifty.com/xor/2010/11/windows-1e22.html)、より端的に言うと、彼等にとってその真の面白さが分かっていないからであろう。当該エンジニアは兎も角、非エンジニアである極々普通の一般PCユーザは、数多あるLinuxに関する書籍・テキストを自力でどんどん読んで行って、"習うより慣れろ"的に勉強しながら、自身でその面白さに気付く者は殆ど居ないと言っても過言ではあるまい。これは、周囲の人間を観ていても甚だ明らかであるし、駆け出しのエンジニアでさえ、最初は必ずと言って良い程、CLIには違和感・難癖を示すものである。

(特に、その初心者にとって、)プログラミングにおけるテキストは、あくまでもテキストであり、それはTips、言い換えれば、「学の見取り図」として重要かつ必須ではあろうが、それだけでは単なるテキストにのみ終始し、結果として一種の片手落ちになってしまい、実際に有効とは言えない場合が往々にして大半であろう。では、差し当たって、テキスト以前に必要なのは一体何か…?

それは、Hands-on経由で、どこがどのように面白いのかを、具体的に実地としてその場で示してやれば良いのである。Linuxであれば、一例として、各種コマンドを幾つか羅列しただけの簡単なScriptを課題として作成させて、先ずはCLIの面白さを分からせ、慣れて来たら、徐々に徐々にScriptの内容を複雑にして行き、今度はそれらを随意組み合わせて、CLIでGUI以上の事が自由自在に出来得る事を証明させるように導いてやれば良いのである。

Linuxディストリビューション台頭期の2000年前後、残念ながら、上記の例の様なHands-onを駆使した一般PCユーザ向けの本格的なOJTもOffJTも、Official〜Unofficialなクラスとして全然存在しなかったし、それは尚も現在に至るであり、殆ど聞いた事が無い。「学」の一つであるプログラミングの楽しさ・面白さは、実地アドバイザーから得られるちょっとしたTriggerを契機として、その人が初めて(または、改めて)自ずから気付き、開花するケースが多いだろう。良質の関連書籍やテキストが更に効果的に活きて来るのは、二の次ではないだろうか…?

Linuxが、Embedded(組み込み)の分野にこれからいよいよ入ろうとしていた同時期は、LinuxのROM化のノウ・ハウに精通するエンジニアは、日本、また近隣諸国でも殆ど皆無であった点で、彼等は当時、所謂初心者の類いであった。私は仕事上、OJTを繰り返す事によって、そういう彼等がその楽しさ・面白さを認識〜体得して行く微笑ましい光景に幸いにも邂逅した。元来Linuxと言うムーブメントは、オープン・ソース、またNon-profitabilityをその存在意義とする万人の為の貴重な「文化」の一つであるが、Embeddedやサーバー・スペース、延いては、特定のエンジニアにのみ収束させてしまっている、この不健康かつ不健全な現況は残念無念である。しかしながら私は、PCスペース、延いては、一般PCユーザへの流布・教育に関して諦めた訳ではないので、何れもっと時間的な余裕が出来たら、あの微笑ましい光景に再び遭遇する為にも『Linux寺子屋』でも開いてやろうかと目論んでいる。ロックの衝動を以てして…。

投稿: Voyant | 2011年5月11日 (水) 05時32分

@voyant
CLI==プログラミング==論理のおもしろさ・論理の重要性

論理性==広域的なコミュニケーションのベース

パーソナルコンピューティングが真のパーソナル(自主的、主体的)コンピューティングになることと、人類がコミュニケーション有能に向けて一歩二歩と進化していくこと(==論理性をもつこと)とはパラレルです。

世代を重ねるごとに、少しずつ少しずつ、そうなっていくのでしょう。また、非論理コミュニケーションが大手をふるローカルの崩壊とともに。


投稿: iwatani | 2011年5月11日 (水) 07時54分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: Linux誕生20周年における孤想:

« 自己論のスケッチ(1−6) | トップページ | nature-friendly technology(part2) »