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2011年3月21日 (月)

宗教改革だったキリスト教

古い初期的な宗教においては、神は厳父厳君のイメージだ。なにしろ神は、人を厳しく罰したりする怖いものなのである。古代のユダヤ教と特定しなくても、もっと一般的世俗的に、たとえば古くからの民衆的日本語の中にも「神様の罰(ばち)が当たる」「神仏の裁きが下る」などの言い方がある*。(今度の大災害でも、あのphallocentric都知事がまたまたヘンなことを言ったらしい。)

〔*: また、生きている人間の心臓をえぐり出して神殿に供えないと、その年のトウモロコシの豊作が約束されないとする某古代文明は、原初的宗教とトレード強迫の通底をもうかがわせる。言い換えるとトレード強迫も、トレードを、人をそれに従わせるおそろしい厳父厳君として想定している。そういうおそろしい"お供え物"は、どこにでも、たとえば日本にもあった痕跡が(昔話などに)見受けられる。〕

(ついでだが、神を厳父厳君と定義する宗教は、宗教勢力と政治勢力が野合した劣悪な権力構造を作りがちだ。そのことへの怒りも、イエス(とのちに呼ばれる人)たちの動機の一つとしてあっただろう…ローマ進駐軍とローカル権力の野合。)

さて、のちの体制宗教化したキリスト教において、イエス・キリスト(救い主・救い主)と呼ばれ、人間としての本当の名前が分からなくなってしまったその改革運動の主導者は、「神は愛である」というテーゼを立てた。これは、もう、ものすごいラディカルな宗教改革である。神が厳父厳君でなければ都合の悪い連中は、その意図どおり、早期に彼を死刑にすることができた。

だが、のちの、体制宗教と化した/化しているキリスト教の姿は、決して、彼/彼らがイメージした革新宗教の姿ではない。たとえば、何なの?、あの、"法王"って?。今の、体制宗教と化した/化しているキリスト教は、分け分からんもんばかりで凝り固まっている、不可解の化け物的かたまりだ。当時の改革の始祖たちが今の世に降臨したら、すべてを破壊したい衝動に駆られるだろう。

話を本筋に戻そう。厳父厳君イメージの神が創られた要因の一つが、大規模な自然災害だろう。言い換えると、神≒自然、だ。このブログが追究している初期的コミュニケーション学/コミュニケーション理論のタームで言うと、それは、<外部化された>自然だ。「神は愛である」は(残念ながら無意識的無自覚的に)、神、そして自然を<内部化>する。

自然は愛である。

あの、突然の大地震大津波で一挙に数万の命を奪ってしまうものでもある、あの、あれが、「愛」なのか?。そんな、あほな。

ここで、「愛」という言葉の完全な、豊かな、full-bodyの意味を正しく理解するための重要な鍵は、それが、持てる者から持たざる者への転移ではない、という認識だ。言い換えると愛とは、なによりもまず、心の主体的な活動形式である。存在の<内部化>とは、まさしくそれである。

愛は、まず、あなたの中になければ、ほかのどこにもない。それが、<内部化>という、新たな存在のベースである。

nature-friendly technologyは、このような、自然観/自然哲学の改革をそのベースに必要とする。

※:内部、外部といったタームについて、ここではあらためて解説しないので、新しい読者はこのブログの過去記事を参照してほしい。内部/外部が二重の意味で使われていることも多いので、気をつけていただきたい。

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コメント

I will decide to read this essay once a day, because I don't know what I don't know/understand. I think it's a good manner to read it many times if we can't understand something.

投稿: dukie | 2011年3月21日 (月) 18時07分

What is 'nature-friendly technology'? 
I think, First of all, we must accept the Nature!

…'nature-friendly technology'とは?
まず、自然を受け入れる / 自然に逆らわない のが、出発点なのでは?<もちろん逃げるなと言う意味じゃなく。>

投稿: dukie | 2011年3月22日 (火) 20時08分

四度読み返しましたが私には内容が未だ消化不良です。
ですから気の利いたことは書けませんが、何か巨大で非常に重要なことを言われている予感はあります。

しょうがないので時間を掛けて消化します。

投稿: 南 | 2011年3月24日 (木) 07時22分

@南
> 巨大で非常に重要なこと
当時はヒトが思想を表現する枠組みとして「宗教」しかないし、またヒトの心の持ち方を表す言葉として「信仰」しかない(ボキャブラリがとても貧しい)。だからその巨大で非常に重要なことは、その後の体制的宗教としてのキリスト教に分厚く塗り隠されてしまった。

イエスの処刑を「最後の究極の供犠」とする体制キリスト教のドグマなどは、「神==厳父厳君」思想への後退ですから、実は、(イエスらの真意に照らせば)噴飯ものです。でも、誰もそのことを自覚しない。

今、「神」を「自然」と言い換えれば、その巨大で非常な重要性が際だつし、また、人類の本当の未来の指針にもなりますね。

投稿: iwatani | 2011年3月24日 (木) 08時45分

究極に行ってしまえば、呶呶呶々、
どどどどのどどの詰まりで、
どんつきの突き当り、dead end there 地平 ground ↑ ウエの十

a symbol をどう解釈するかでしょう。即ち、
体制なのか、非体制なのか?
供犠なのか、犠牲なのか?
供養できるのか、否か?
いずれにしても、噴飯で供養はできないってところでしょう。
そうでしょう。羅針盤。

投稿: 包 | 2011年3月24日 (木) 16時50分

I got a small small method in order to find an answer. It's to investigate what I don't know. At first, I should check up 'ローマ進駐軍とローカル権力の野合'. I will do it on weekends.
…うーん、先ず、この文章を理解する為に、完全に知らない事を調べることから始めようと思います。小さな一歩ですが。

投稿: dukie | 2011年3月24日 (木) 21時57分

Though I can't understand about ''ローマ進駐軍とローカル権力の野合'', these sentences mean that a politician take in religion in order to do calculating behavior, I think.

…''ローマ進駐軍とローカル権力の野合'' の意味はよくわかりませんでしたが、ここで言いたいのは、政治家が、宗教を、打算的な政治目的に利用するという事でしょう。

投稿: billy | 2011年3月27日 (日) 15時46分

@billy a.k.a. dukie
> 政治家が、宗教を、打算的な政治目的に利用するという事
当時のあのあたりのローカル権力はユダヤ教の連中で、彼らにとってはイエスは抹殺したい。ローマ進駐軍のほうが権力が上だから、旧宗教勢力は彼らに死刑の許可をもらわなければならない。そのために彼らは、どうしただろうか?

投稿: iwatani | 2011年3月27日 (日) 20時38分

Oh, it's an interesting puzzle, I'll think about it. but, please let me take my time, as I must do improve English ability in order to read Java books that is written in English in the same way as Japanese books. Though it's not concerned with this, I feel Java is more interesting than any other games or puzzles.

…はい、この問題は、とても面白いパズルですが、少し時間をください。

投稿: alarky | 2011年3月27日 (日) 22時07分

I solved your question, maybe. I want to write about it on weekends. By the way I found out why I can't understand this essay. This is now under consideration.

投稿: alarky | 2011年3月28日 (月) 20時48分

@iwatani
>そのために彼らは、どうしただろうか?
丸めこんだか、賄賂でしょう。でも、その質問の意図は?

投稿: alarky | 2011年4月 4日 (月) 01時21分

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