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2011年3月 7日 (月)

日本の民主党という現象

昔と変わらず今も、いや一般的に、ダメな政権ができる唯一の原因は衆愚である。戦争こそないが、今の日本社会はすでに相当ダメな段階まで没入しているのかもしれない。

このブログのどこかにも書いたけど、民主党という名前を見ると私の脳は急にピント機能の壊れたカメラのようになって、なんら明確な像を結ばなくなる。言い換えると民主党という党には、政党としての明確な像がない。言い換えると民主党には、政党の資格がない。

そしてもちろん、民主党には政治家らしい政治家は一人もいない。

ではなぜ、このような(非)政党が伸び、政権党にまでのし上がったのか。その原因が衆愚である。みんな、勝手でばらばらな矮小な利己的な動機に基づいて、民主党候補に投票している。当然ながら無能なダメ政権ができあがる。ダメ選挙民の投影としての、ダメ民主党。一種の、政治的末期症状である。

さて、かつて「ロックからの散弾銃」という本(1980年)で、地球上でもっともダメな地域として描いたアラブイスラム社会(2003年末にも同様のことを書いてるようだが)が、世代の交替とグローバルコミュニケーションメディア(とくにインターネット)の普及を原動力として、大きな変動を開始している。

ということは、次は中国、ビルマなどから始まるアジアであり、さらにその次はインドやアフリカだ。今世紀半ば以降は、全世界が未曾有の大動乱の時代になる。全世界がというのは、アメリカ、ヨーロッパ、日本等も、その余波で変わらざるを得なくなるからだ。たとえば、中国における改革活動の本格化は、日本社会にも大きな亀裂と動揺を生じさせるだろう。

私が衆愚の一人でなく、これまで真剣に勉強し真剣に思考してこれたのは、その原因として戦争ショックとその前後時代の超貧困ショックが大きい(幼少時の私のタンパク源はおじいさんが作ってくれたネズミの醤油焼きだ)。その意味で、明らかに、1950年代以降生まれの日本人は、相当退化している。

しかし、これから始まる全世界的大動乱は、その与えるショックの大きさたるや、かつての愚かな戦争の比ではないだろう。その動乱を、大きなプラスの前向きのテコとして利用できる本格的な政党ないし政権が必要なのである。もちろん、今国会等を構成している既存政党は、どれもダメである。

私はこれまで、真の政党のあるべき姿も書いてきたし、本当に必要な日本社会の深耕についても書いてきた。関連して、トレード強迫の非一般化・低位化・相対化をしつこく主張したし、意識の立つ地平を、旧来の「ローカルコミュニティ(共同体)」から「グローバルコミュニケーション」に変えるべきことも書いた([関連して(1)]、[関連して(2)])。そして象徴的に重要なことの一つが、人格虐待である天皇制をやめることだ。まとまった著作のようなものはないので、これからのグローバルなコミュニケーション社会について真剣に勉強したい人は、ぜひ、私のこのブログや、その前のエッセイ集をお読みいただきたい。

衆愚を開明していく力は、最広義の「教育」である。まず、教育のかなりの部分が、衆愚でなくなることが重要だ。幼いころの、おもしろい/特異な人のおもしろい/特異なひとことや表現行為が、その後の人格に与える影響は大きい。その意味で本ブログの読者は、これから一貫して、何らかの意味での教育者であっていただきたい。

本ブログが志向しているコミュニケーションの科学というものも、やはり世界的大動乱の中からやっと生成してくる、と見るのが妥当だろう。

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コメント

自分の子ぐらいの世代の人たちに胸を張って
「こう生きるべきだ。こう生きるのが正しい。」
と言い切れる人が大人でしょう。教育者でしょう。

そんな人、今は(まだ)いない。

投稿: 南 | 2011年3月 8日 (火) 08時03分

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