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2010年12月12日 (日)

インターネットがいじめ対策になりうるために

インターネットはまだまだ、失われたローカルコミュニティに取って代わる(より良質な)グローバルコミュニティへと成長成熟していない。しかし、ものすごくレアな事例として、こういうことが起こりうるようだ。

でも、しかし、この話を参考にして、一般的普遍的に、いじめ対策やいじめによる自殺防止などに、インターネットをどう活用するか、となると、とんと名案も出てこず、途方に暮れる。ちなみに上の事例では、(1)子どもが早期に母親にいじめを話した、(2)母親がインターネットを消費者としてでなく発信者として利用していた(ブログをやっていた)、(3)そのブログ記事をたまたまネット上で"顔の広い"人物が読んで話を広めた、という三つの「めったにないこと」が重なっている。

(Twitterは、ご存じのかたも多いと思うが、任意の個人が"真のブロードキャストをすること"はできない。)

やはり、情報のリレーというか、リレーの構造がリニアーではなくネットワークである、という形を、徐々に形作っていかないと、Twitterみたいな、単一サーバサイトではとうてい無理。全員が個人として、ネットワーキングなリレー構造に積極的に常時的に参加しないと。つまり、ネットワークはそもそも最初から分散形だから、ネットワークが本当の分散(distributed)ネットワークになること。今の、超巨大サーバ恐竜時代の、終焉の到来を、as soon as possible早めよう。)

(私の、「今の天皇制は人格虐待だから廃止!」説は、ちゃんとリレーされとるんかな。雅子さんや、(登校拒否の!)愛子さんの、気の毒な状態がいつまで続くんや。)…犬猫遺棄==動物虐待説も、昔々の日本では誰も耳を傾けなかったはず。その感覚がないときはないんやから、しょうがない。

以下は雑談ですが、私も小学生のときはいじめられっ子でしたが、ひどいこと言われても悲しいのは一瞬だけで、すぐ忘れるタイプ。だから、彼らがいるから学校行きたくないとか、そんなことは全然なし。ココロとアタマがつねに、なにか独自の重要なことをdigしているタイプだから、身の回りにくだらん人間がいても、関心がそっちに向かない。一度、下校時の路上でランドセルを奪われたことがあったが、奪われっぱなしのまま家へ帰った。あとで、母親が取り返しに行った(正確には"現場の路上から拾ってきた")ようだ。

たまたま、こんな、私の場合のような、「硬質な自己」を持ち合わせていない子が、いじめ→自殺になってしまうのだと思うが、うーん、やはり、防止のための名案は、上記の≪ネットワーキングリレー構造≫と、それに向けてのコミュニケーション積極化の日常慣習化しかないだろうな。(上のイリノイ州の事例では、まさに、リレー現象が起きている。)

ケツをぶったたいてでも、日本人をコミュニケーション積極人種に変えていかないと、文字どおり、日本沈没の21世紀となるだろう。

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コメント

巨大サーバーを前に、一人の個人だとか弱く思えてしまうけれど、お互いがネットワーク的につながれると少し、弾力性がでるというか、色々とできることが増えそうな気がします。

インターネット上に、コミュニティーができていって、多重化されると面白いと思います。

イジメについては、それこそ世界中のいろんなひとがアドバイスや、励ましをくれたら元気が出そうですよね。

投稿: hiroaki.hayashi | 2010年12月13日 (月) 00時25分

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