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2010年11月10日 (水)

自己論のスケッチ(1-3)[書きかけ]

Je suis autre. --- Arthur Rimbaud

(1)対象物(ほぼ全世界)と、唯一の非対象物(自己)---互いにautreである。
だが、他者を対象物ではなく、another自己(他己、I & I)と理解することはできる。
●自己は神秘

(2)私は私にとって他者(autre)である。--自己は、自己が理解し自己がコントロールできるものではない。
「今日はなぜか×××を思い出すことができた」---コントロール不能な自然現象としての自己。思い出そうとして思い出せるものではない。自己の中に自己という他者(自然)が生きている。
●自己は不気味


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コメント

枕の『Je suis autre.』に関してですが、原文は、「Je est un autre.」なはずです。「autre」の前に不定冠詞の「un」が入り、敢えて、一人称の「suis」ではなく、故意に三人称の「est」を使っているところなど、Arthur Rimbaudが、「自己」を自身で遠くに置き去りにすることによって、究極的に客観視するべく、あくまでも一介の「他者」であることを強調しているのだと思いますが…。

投稿: Voyant | 2010年11月11日 (木) 03時19分

@Voyant
"Je est un autre."は、書簡中の説明文の一部であり、これ単独で理解/誤解すべきフレーズではありません。少なくとも2通の、それぞれ相手の異なる書簡中で、彼が信ずる作品論、ゲージュツ論、ゲージツ家論の説明のために使われています。

比較的わかりやすいほうを引用すると:
On n’a jamais bien jugé le romantisme ; qui l’aurait jugé ? les critiques !! Les romantiques, qui prouvent si bien que la chanson est si peu souvent l’œuvre, c’est-à-dire la pensée chantée et comprise du chanteur ?

Car Je est un autre. Si le cuivre s’éveille clairon, il n’y a rien de sa faute. Cela m’est évident : j’assiste à l’éclosion de ma pensée : je la regarde, je l’écoute : je lance un coup d’archet : la symphonie fait son remuement dans les profondeurs, ou vient d’un bond sur la scène.
原文リンク

これは、(よく蒸留すれば)、この[書きかけ自己論]における、(2)の意味にほぼ通ずるもの、と感じられます。

"Je suis autre."は、私の長年の記憶の中にある彼の作品中の1行です(当時は書簡にはまったく無関心)。ただし、ヒトの記憶が機械的に正確に対象物の丸写しであることは、まれですが。

投稿: iwatani | 2010年11月11日 (木) 08時24分

2つの書簡において、『Je "suis" un autre.』であるべきところが、共に『Je "est" un autre.』であることに関しては、学者諸氏の間でも様々な議論や捉え方がある模様です。確かに、双方の書簡は、この一文単体のみで理解・解釈するものではないとは思いますが…。

Arthur Rimbaudの他の作品の中に、「Je suis autre.」の行があったかどうかは私も定かではありませんが、何れにせよ、書きかけ中割り込みを入れてしまったにも関わらず、引用〜解説までして戴き、感謝致します。

投稿: Voyant | 2010年11月11日 (木) 10時12分

人間には何もできることはない。

ただ、生まれてまだ死んでいないだけ。

自分は自分を飼育している主体。

投稿: 南 | 2010年11月11日 (木) 11時02分

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