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2010年8月13日 (金)

英語の社会像と日本語の社会像

拙著「ぼくらに英語が分からない本当の理由」(なんちゅータイトル!)を、英語の学習用副読本として利用する人がいるらしい。

あの本は、英語と日本語における存在論の断絶を扱っているが、しかし最近気になっているのは、「社会像」の断絶だ。ひまがあれば、例をたくさんたくさんメモして、それこそ本でも出してもいいが、なにしろ最近は、英語と日本語とのあいだの『非互換性』が至るところで目立つ。逆立ちしても日本語にはならない英語も多い(結果、片仮名語が増える)。

Grouponに端を発するフラッシュマーケティングは、安易なインターネットビジネスとしてどこの国でも雨後の筍しているが、group shoppingを「共同購入」という日本語に置き換えるのがこれまたおかしい。フラッシュマーケティングでは、グループは結果的にできる複数購入者のことだが、「共同購入」という日本語は、あらかじめあるグループ、例:仲良し主婦グループなどが、共同で物を買うことを指す。それも英語で言うならgroup shoppingになってしまうかもしれないが(いや、もっと適切な英語表現があるはず)、共同購入という日本語では、フラッシュマーケティングで結果的に形成されるグループは言い表せないのだ。

この稿は簡単にすまそうと思うが、日本〜日本語の社会像は、超長年にわたる既存共同体依存性と、お上(おかみ)依存に象徴されるタテ社会が、まだまだ強固な基盤になっている。だからたとえば日本語には、共同体を超えた、純粋な個人同士をヨコにむすぶ・つなぐ言葉というものが、pathologicalに未発達だ。人体にたとえると、足はまともに発達しているが、手は赤ちゃんサイズのままの大人が、今の平均的日本人の姿としてイメージされる。

社会像の違いから、日本語で適切に意味を表せない英語も多い。
参考URL: [フレンドリーな日本語の確立と普及を]

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コメント

飛ばされていますね。
ついて行くのに、
アタフタしてます!
特に、夜勤明けは
まとめて寝ないと、
頭働きません

ここで書いておこうと
思ったのは
自閉傾向のある方の一部
には、また興味深い
世界認識があると言う事

例えば、
スカートをはくと
自分の足が無くなっちゃうから
怖くてはけない 等

世界は豊かです!

simomitu

投稿: 下光博之 | 2010年8月17日 (火) 19時00分

ジョンレノンは、おかげ様という日本語が好きだったという。よく考えるとthank youにあたる日本語てないんじゃないの。ありがとうじゃ重すぎて。

投稿: | 2010年9月 7日 (火) 01時29分

名前書くの忘れました。上の文です。

投稿: bad | 2010年9月 7日 (火) 01時32分

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