« 明日のグローバルネットワークの構成主体たるジェネリックノード | トップページ | 安保?まじで? »

2010年7月 2日 (金)

「自己」のあり方

「自己」にとって、「前世」や「来世」があるのか分からないが、自己というものの『存在』は、その自己自身にとってもまた他己からも、前世来世の有無が分からないことも含め、完全に制御も操作も不可能だ。ただ、あるとき勝手に誕生させられて、あるとき勝手に死なされるだけだ*。人間の場合も、誕生から死までの期間がとても短い自己もある。

*: 失神の体験から類推してよいものならば、死の直後には、単純に、世界が完全に「無」になるだけである。

で、「自己」が、雀やゴキブリや海を泳ぐ鰯などでなく、コスモスでも楠の木でもなく、人間というこの厄介千万な生き物に宿ってしまうという、ある種の不運は、種の進化への非力ながらの貢献義務、と受け取るのが妥当だ。人間は明らかに、まだ、安定状態に達していない生物種だ。ある意味、愚かさと醜さと残酷さのかたまりでもある。しかしそれでも、何千年何百年前に比べると、ずいぶんましになってる面もある(例: 日本などでは内戦はもうない)。

今および近未来の、ヒトという種のメインの課題は、もはや「国家的統一」ではなく、グローバルなコミュニケーションである。「自己」を「自己」という唯一無二の神秘(絶対孤独)として認識し、その認識の反照として「他己」の神秘尊厳を認める。これには、意識の"脱共同体努力==グローバル化"が必要だ。それができるかできないかが、残念ながら今の人類を大きく二分している。

「結婚は悪である」「その続」「トレード強迫からの解放」「その続」「日本を共和制に」、など、これまで基本テーマは並べてきたが、どうも私の自己の使命は単なる物書きらしい。

何年か後の、コミュニケーション有能へ向けてすこしでも進化した人類を見れるなら、再び人間という生物への来世があってもいいが、まあ最初に書いたとおり、これが全然、認識外、制御外のことだから、どうにもならない。なにしろ、次世代の実践的有能化に期待したい。

「自己」が、この、人間という厄介な生き物に宿ってしまったということは、『くそっ、これを何とかしろ!』という何かの意思なのだから、まあ、自分に与えられた能力と機会の範囲内で、がんばるしかないですね、おたがい。

|

« 明日のグローバルネットワークの構成主体たるジェネリックノード | トップページ | 安保?まじで? »

コメント

はい
ホントやれることを
やって行くしか無い
ですね!

今回一寸でも書ける
かなと思ったのは
結婚は悪である
なのですが、
田舎なのでこうして
独身でいると奇異に
みられたり、からかわれ
たりすることも多いです
深澤真紀さんによると
結婚は共同体を維持
するための外圧によって
行われるものだとか。
なるほど
コミュニケーション有能
を志す身には起こらない
道理です!
あと
三枝誠さんによると
コミュニケーション有能
が 互穴 (ごけつ) と
いうタイプにあたる
みたい
また
女性の結婚は「官鬼」
(かんき) といって
就職先なのだそうです
そういわれてみれば
思い当たる節も無きに
しもあらず・・・

いっばい勉強しないと
いけませんな!

ここに女性の方も
いるといいのに

なんにしても歩こうか

simomitu

投稿: 下光博之 | 2010年7月 2日 (金) 19時52分

人間は本当に・本性的に社会的動物なのだろうか?。

みんな仕方なしに、他に生き方が見あたらないから社会に参加しているだけではないのか?。

ハイテク化が進んで一生引きこもっていられる社会が来たら人はどうするか?。

だから、えーと・・・。

投稿: 南 | 2010年7月 6日 (火) 16時46分

@iwatani
>「自己」を「自己」という唯一無二の神秘(絶対孤独)として認識し、
どうも私には、あの′69年の名曲、エピタフの頃と同じ匂いがします。そんなに悲壮がらなくても良いのでは。それじゃあ普通の人は付いてこないですとよ。まぁ、これは5年前の記事でありますから・・・。
仏教には“空”を超えた、“妙有”の世界があるそうですし。そこを目指したいです。

投稿: ohiya | 2015年4月 8日 (水) 03時59分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「自己」のあり方:

« 明日のグローバルネットワークの構成主体たるジェネリックノード | トップページ | 安保?まじで? »