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2009年8月 3日 (月)

ワイトの早逝

犬も猫も、ゼロ歳時初期の生活状態、栄養状態、衛生状態、健康状態等が劣悪だと、その後どんなにだいじにされても、彼らの標準寿命よりもずいぶん前に生命が終わってしまうことが多い。この春から夏にかけては、犬(11歳)、犬(9歳)、猫(11歳)と立て続けにそのケースがあった。

犬2例は、どちらも、里親さんのところでとても愛され、だいじにされていた犬である。そして猫は、8月1日に(早すぎる)腎不全でうちで亡くなったワイトだ。真っ白な雄猫で、ホワイトを略してワイトと呼んでいた。1999年の6月初めに保護したが、ゼロ歳の後半、すなわち1998年の秋子と思われた。人慣れしているので、明らかにもとは家猫の子である。野良の子ではない。

ゼロ歳ですでに猫エイズに感染し、毛はほとんど抜けてピンクの肌が露出していた。猫エイズは、大きな猫との激しい喧嘩の結果(食べ物をめぐる喧嘩)、毛がないのは慢性的な大量の蚤の猛攻の結果だ。保護した場所は、工務店の廃材置き場のような不潔な場所だった。食事は、ごみあさりに依存していたと思われる。

とても気だての良い、気持ちのやさしい、人に甘えたり人と遊ぶことの好きな、良い猫だった。うちで栄養状態が次第に良くなると、ゴールドアイの白猫の、かがやくような美しさがきわだった。エイズ猫は里親さんがまずつかないし、そのほか、いわゆる“売れ残り猫”や犬が、わが家にはたまっていくのである。

でも、亡くなってから私がしきりに思いを馳せるのは、変な環境中に突然捨てられた直後の数日と、それから保護されるまでの毎日の苛酷な生活と、そこにおける彼自身の毎日の気持ちだ。それは言うなれば、毎日続く「とてつもなく底なしに深い不可解さ」だっただろう。[関連記事]

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