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2009年5月23日 (土)

腐壊していくマスメディア

私には外国人に日本語を教える機会が日常的にないが、もしあったら困るなーと思う文例に出くわした。某全国紙より:

〜〜が〜〜た事件で、警視庁は21日夜、同教授研究室の学生だった20代の会社員の男について、殺人容疑で逮捕した。

こういう日本語って、もとからあるのかしらん?。ふつうの日本語である「〜〜の男を、殺人容疑で逮捕した」と、「〜〜の男について、殺人容疑で逮捕した」の、意味やニュアンスの違いはなんやねん?。(後者には、なにかとてもいやらしいものを感じるのだが、うまく説明できないし、私の勝手な思いこみかもしれない。)

※: 090613: TBS TVの早朝のニュースが「〜この少年について、再逮捕した」という原稿を読んでいた。これはどうやら、警察が発表文の中で使う定型フレーズかな?

話変わって、某全国放送の裁判員制度に関するアンケート調査の選択回答項目の中に、こんなのがある:

自分には正しい判断ができる自信がない。

おいおい、裁判員は「正しい判断」を求められてるわけじゃないでしょ。「正しい判断」は、プロの裁判官にすら、いや、神様にすらできない。すべてが、相対性と対話性と関係性の中にある…という真実を人の目から覆い隠す、この某全国放送のような視点は。そして日本人をますます、(伝統的な)、対話性コミュニケーション性の遅れ/非活発性という状態に放置し固定する。

余談: アメリカでは、自動車に次いで新聞の“救済”が議会で真剣に検討されている。つまり、いよいよ、マスメディアはやばい、滅びの寸前である、ということだ。元気活発な多方向的な…日常的で相互互角な…対話性を欠いたものが大きくなって長く居座ると、腐壊していくのも当たり前か。[上院公聴会関連記事(1)][関連記事(2)

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コメント

裁判員制度は、「自分に直接関係ないこと」について「ふだん自分と直接かかわりのない人」と真剣に語り合う場として、それを経験することで、他人との関係・対話の感覚を変える可能性がありますね。

そういう点では、マスコミ情報だけで「こんなの死刑だ」なとと直観的にしゃべってるよりもよっぽどいいことだと思います。

国家による半ば強制的な制度ですけど、岩谷さんがかつておっしゃったことをもじっていえば、「個人がだめなら、国家が出て行かざるをえない」、国によって熱い対話の場の経験ができるようになって、個々人の変化のきっかけになるかもしれないという点では面白いと思います。

それにしても、マスコミの一方通行性によって「世論」が形成されていくのは怖いです。

たとえば、裁判員制度のついで、というわけではないですが、刑事時効廃止について何度も、ニュースなどで取り上げられているのを目にします。

そこでの観点は、いつでも「被害者感情」、「DNA鑑定などで、捜査側は事件後何年経ったとしても立証の困難はなくなってきた」だけなんですよね(それ自体は一応の観点ではありますが)。

そして、マスコミで絶対出てこない観点が、「疑われた側の利益」なんですよね。事件発生後仮に40年経ったときに犯人と疑われたときに、被疑者が有利な証拠としてアリバイ証人、書類などが(死亡、紛失によって)提出できず、被疑者の「無実の立証が困難になってしまう」という時効制度「存続」のメリットの観点をマスコミは絶対に取り上げない。

対話性がないとどういう言葉だけが流通し続けるのか、この例は、マスコミの説明がもっともらしげなだけにいつも空恐ろしい気がしています。

投稿: nice | 2009年5月24日 (日) 10時16分

岩谷さんが引用した「~について」の用法について私もなにやら独特のいやらしさを感じるので、その独特の感じの解説を試みてみる。…この場合「~を」が普通の助詞であるのに対して、「~について」は「~」をある記述なり操作なりの対象として殊更に対象化するような(科学者が数あるサンプルのうちの特異な一つを取り上げてそれについて記述しているような)そんな臭いがするんだな。君は何様だよ て言いたくなるような"上から目線"を感じるんだな。…ちょっと深読みしすぎかしらん?

投稿: tracer | 2009年5月25日 (月) 00時25分

同感した!

投稿: temlin | 2009年12月18日 (金) 01時41分

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