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2008年10月 8日 (水)

The Universe on the Plurality, 複数性を根拠とする宇宙

宇宙の唯一最大の神秘であり、唯一の実在である「自己」に行き着くことのないサイエンスは、一体なんだろう?

皮肉で逆説的なことだが、その唯一性は「自己」の複数性から開示/反照される。操作可能な対象としての他者があるのではない。複数の「自己」があるのだ。だから、コミュニケーションが存在の基盤となる。

(抽象的)一者である認識者が同じく一者である宇宙(〜存在)を…「対象」として…認識する、という従来の世界像==いわゆる自然科学or従来の全科学の基礎==を完全廃棄しなければならない。

その世界像が最初から破綻していることは、さまざまな、しかし同一パターンの、自己言及矛盾/逆説が示している。いちばん分かりやすいのはカントールの「すべての集合の集合」だと思うが、そのほか、ラッセルの自己言及パラドクス、“観測”の矛盾/逆説、“真理命題”の真理性の矛盾/逆説、ゲーデルの不完全性定理、などなどもすべて同じパターンである。また、さまざまな具体ドメインに、このパターンの表れがいくつかあると想定できる。たとえば、「素粒子発見の無限再帰予想(別名“猿のラッキョウ剥き予想”)」などはどうだろう。

存在を、一者vs一者という偽からでなく、あくまでも複数性の上でのコミュニケーションのキャッチボールの上で捉えれば、これらの矛盾/逆説(一者スキームの上だからこそありうる言説)は最初からありえない。

mainURL:数の起源と音楽

(本稿未完。たいへん難しいことを書き始めてしまった!)

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コミュニケーション不能をその中核的な本質とし、ゆえにきわめて頻繁に愚かで残酷な思考や行動(一般的な“他者虐待”)を取る、ヒトと呼ばれるぶざまで悲惨な生き物が、その本質の痛切な自覚もないまま、そのひたすらな無自覚の中で、一者スキームというありえない、偽の世界像において生み出したガクモンやサイエンスは、すべてクソでありカスでありゴミである。その愚かなhubrisの大仰な現れのひとつであるノーベル賞が、爆薬(最初の大量破壊技術)を発明した男の金で成り立っていることは、象徴的でありたいへんアイロニカルである(ヒトの歴史の中にはこのようなアイロニーが随所に仕掛けられている)。

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コメント

岩谷さんがようやくブログをはじめたのは遅い感じもします(岩谷さん向きなのに)。

岩谷さんが、ロッキング・オンを離れてから、岩谷さんのいろんな文章を読みましたが、私はなぜか、どれも違和感を持っております。

貨幣がコミュニケーションにとって問題であるのは今日的に明白ですが、しかし、にも関わらず私は貨幣制度廃止には組しない。なぜから、貨幣を使ったコミュニケーションというものもあるからです。

たとえば、身寄りのないお年寄りがおり、ヘルパーから介護をされている人を私は知っております。その人は親戚も友人もいない人です。しかし、月々に支給される生活保護のお金で、なんとか、地域の人と関わっている、という現実もある。そういう人にとっては、貨幣があるから、なんとかコミュニケーションを取れる、という側面もある。

最近の、金融不安~ある意味恐慌ですが~は、たとえば、社会主義、もしくは、プラウト主義経済への移行を、瞬間的に想定してしまう。しかし、貨幣がない世界へ移行しようとするだけで、今回、全世界的に破壊的な状況が瞬間的に生まれてしまった(だから、資本主義~ケインズ的な~へゆり戻しがまた始まっている)。

それは、人々が、貨幣がないとコミュニケーションをとれない、ということを示してはいないか。それは、残念ながら貨幣を媒介としていないか、ということです。貨幣に代わるコミュニケーション手段を見出せばいいではないか、とおっしゃるかもしれないが、結局、それは、貨幣的なものとして扱われるのではないか。どうしてそうなってしまうのか、という問いに立たなければいけないのではないか。

私から見て、岩谷さんの貨幣論はそこまで達していないように読める。いや肝腎の、その部分を言及しないまま、貨幣制度廃止を唱えているように読める。その部分が違和感を感じるのだが。

投稿: かつてXORという雑誌を講読していた者より | 2008年10月14日 (火) 13時18分

ふっふっふっ。おぬしは、わしのブログに、そんなうすっぺらな、愚かな、見当外れのコメントを書くために、邪神マモンからいくらもらったのじゃ。せめてわしにその9割でも寄越せば、おぬしのその薄汚たねー愚文、とそれをぬけぬけ投稿するという愚行を、許してやってもいいぞ。

おぬしの愚をすべて列挙する意欲も時間もないので、1を聞いてご自分の100と1000と10000の愚を知ってちょうだい:

> 貨幣に代わるコミュニケーション手段を見出せばいい
> ではないか、とおっしゃるかもしれないが、結局、それ
> は、貨幣的なものとして扱われる

だったら、おぬしの「それ」は、全然、“貨幣に代わるコミュニケーション手段”じゃなくて、まさに貨幣じゃん。しかも、そもそも、貨幣はコミュニケーションの手段ではないし、コミュニケーションの手段にはまったくなりえないぞ。軽薄にコミュニケーションという言葉を使うな。貨幣の本質と存立基盤が「コミュニケーション不能」であることは、このブログ以前のネット連載『コミュニケーション有能への進化』(http://homepage1.nifty.com/algafield/toc.html)で何度も述べてます。貨幣をめぐる人類の悲惨を、もっとよく知っていただきたい。

投稿: | 2008年12月 7日 (日) 09時42分

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