2020年8月10日 (月)

10億総消費者化の危機

これはまだ、ちゃんと書いてるだけの十分な時間がないのだけど、怖いのは温暖化など環境の劣化だけではない。

人類の99.9999%が、なんも分からない、自分ではなんもできない、単なる消費者になりつつあることだ。それを誘起した犯人として企業名を挙げることもできるけど、まあ、唯々諾々欣喜雀躍の「消費者様」として祭り上げられ、生きる側の罪も同等に重い。

わたし作る側、あんた買って楽しむ側、のこの分断は、本当に、やばい。

「やばい」を肯定形容詞にしてしまったのも、これらやばい連中のようだ。

 

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今月のポジティブ(2020/08-n3):

この記事をあえて「今月の〜」と呼ぶのは私が今月初めて見たからにすぎない。毎年の原爆記念日から終戦記念日にかけては、各メディアが大々的にこれを取り上げるべきである。ポジティブというのは、90歳を超えて亡くなる寸前の当事者が、事実を隠蔽せずに公表する勇気を持ったことだ。

女性が、これぐらい強くならないと、この、醜いおっさん国は変わらない。いや、もう遅いかもしれない。泥酔させて準強姦しておきながら、相手女性を訴えるのが日本の超醜いおっさんだ。満蒙開拓団のリーダーたちと、変わらんわ。

 

 

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2020年8月 8日 (土)

いよいよやばい日本再敗戦?

この記事にさんざん書いたけど、今だに保健所の門前払いは続いてるようだ。結果、「軽症や無症状感染者は2〜3週間隔離して様子を見る」という原則が守られずに、各地の“自宅”とその周辺が、総数からいうと巨大クラスターになってしまう。それぐらい、保健所の馬鹿は自宅待機にこだわっている。

児相がもっと積極的だったら助かっていた子どもは多い。今度は、保健所がもっと前向きだったら、となる。

日本は、アホな人の権力不適切使用で、大きな悲惨へ追い込まれていく。前世紀前半のアホ軍部とアホ政治家による原爆投下への道、前世紀後半のアホ経済政策による、子どもがご飯食えないほどの貧困格差、そして今世紀前半は、公衆衛生ド素人アホによる疫病大量死となる。

そうだ、もひとつ重要なこと。「海辺のあんなところ、津波でイチコロのところに、原発建てる決定は、どう生成したのか。収集つかない大敗戦の、まるでシミュレーションではないか」。

なんとかしなくてはいけない。次の選挙で野党に投票する、では遅すぎる。勉強=受験勉強という錯誤が、上層部に大量のアホ鈍感人間を作り出している。

奇跡的好転、を待つしかない??

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「昭和16年夏の敗戦」Amazon上ローデさんのレビューより:

これからも起こりうる運命を連想させる内容でした。

 

 

 

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2020年8月 2日 (日)

今月のポジティブ(2020/08-n2): Z.U.さん


「暑気日ごとに増し緑陰に感謝するみぎり、いかがお過ごしでしょうか。」

Z.U.さんは、うちの近くの村の日蓮宗のお寺の住職で、親戚なのである。檀家関係などはまったくないが、親戚として日ごろのお世話のなりっぱなしついでに、せめてお正月と節句とお盆ぐらいは供養経をお願いしている。

上はこの夏の参経案内葉書の冒頭であるが、ふつう「みぎり」(〜の時季、〜の時季に、〜の時季におかれましては、)の主題は一つである。「猛暑のみぎり」とか「厳寒のみぎり」などと書く。

今回のポジティブに取り上げたのは、「暑気」と「緑陰」、主題が二つあることだ。暑気というネガティブには、緑陰というポジティブが伴侶する。「みぎり(砌)」の、このような使い方は珍しい、新鮮だと思った。

このブログを読んでおられる方の、夏の迎え方の、参考にでもなればと思って、葉書の冒頭を引用させていただいた。

車でさっさと往来するだけでなく、歩行者や自転車、一般居住者の十分な緑陰享受ができる都市づくりや家づくりを、今後はメインにしていただきたい。「つらい猛暑」という認識は、環境の貧しさと関係があると思う。

地球温暖化とかも、もちろんあるけど、昔の夏はいろんな意味での陰影を楽しめる楽しい時季だった。暑さがつらいと感じたことはない。今と違って。

Z.U.さんはやはり僧侶だから、こういう、向こう側の他者まで目の届いた発想ができるのだろうか。

 

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2020年7月30日 (木)

今月のポジティブ(2020/08-n1): ALS当事者で医師の竹田主子さん

誰もが、生ある間は真剣に生きる義務と責任がある。死は、他者である。自己化するのは、間違い!

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2020年7月18日 (土)

おっさん族の起源

それは、ローカル共同体において、およびそれらを束ねた国家において、すべてのものごとが、コミュニケーションによっては決まらないからである。何によって決まるかというと、権力構造や既存の人間関係、その価値関係で決まる。コミュニケーションが要らないし、したがって論理も要らないから、頭も感性もすべて鈍いおっさん族が出来上がる。日本のコミュニケーション産業はすでに、不特定の第三国人の手に収まりつつある。日本のおっさん族には、何もできない。子どもたちの教育においても。

女性との関係も、コミュニケーションがベースでできるのではないので、永遠に相変わらず、セクハラなどの多種な(広義の)暴力をベースとする対女性関係がはびこる。おっさん族は、それしか知らない。ほかに、何もできない。おお、なんとも醜い、ニッポンのおっさん族よ。

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2020年7月17日 (金)

今月のポジティブ 赤木雅子さん

でも、数世代数世紀にわたって小さな割れ目ひとつ生じない、醜い醜い愚かな愚かなニッポンのおっさん文化オトコ文化に対して本気で立ち上がるのに、人生のパートナーの非業の死を要するなんて、そもそもあかん。あかんけど、やはり、完勝してほしい。

私はといえば、昨日、change.orgで「Go Toキャンペーン反対」に一票を投じただけです。

日本のネットは馬鹿がむちゃ多いから、赤木さんがくだらないネット中傷を無視できる人だとよいが。疲れる価値のないことで疲れないように。

 

 

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2020年7月13日 (月)

ドシロート行政の残酷な弊害

新型コロナウイルスの場合、日本では政策決定の最上部に公衆衛生の専門家がゼロで、まあ無知無能としか思えない政党政治家と呼ばれるドシロートが好き勝手なことばかり言ってることが気になる。彼らの見解や決定は、いわゆる経済重視のそれになりがちで、疫病の封じ込めという当面の大目的からすると、非常に中途半端で危険だ。

冷房と暖房を同時にやるのも、ブレーキとアクセルを同時に踏むのも、愚かしく危険極まりない意思決定である。

あの当時の彼らはとんでもないえーかげんな大馬鹿だったんだ、という回顧を何度繰り返せばよいのか。

今度の九州の水害で気になるのは、本来の政策決定最上部に治水の専門家が長期的にいないことだ。痛烈に分かりやすい例としては、たくさんの要介護高齢者が亡くなった球磨村の千寿園が挙げられる。

日本の河川は、至近距離に山の多い日本の地形の特色として、どの河川も、急激な大水害が起きうる。

さて、おとろしい自然の脅威を逃れるには、(1)対抗する抵抗する、と、(2)抵抗せず早期からさっさと逃げるの二種類の対策がありうる。

治水ダムを結果的に拒否した球磨川流域は、そのことによって(2)を選んだはずだが、政策決定者がドシロートのため、その自覚がない。なにもしないまま、数十年が過ぎ去り、ついにその巨額なつけを今回払わされた。

日本の河川の下流部(居住域)の典型的な形は、川があり、土手があり、その下に低地がある。水害時には大量の水が一気にどばっと土手を超えるから、土手の下にある低地に住宅や公共施設等を建ててはならない。「人がいない」状態を作れる商業施設はよいが、ただし水害の被害は大きい。

今回の千寿園の場合は典型的に、土手下の低地に人が(しかも要介護の高齢者が多数)常時居住する公共施設を作る、という政策のミスを犯している。どんなに安くても、土手下の低地を公共施設用地として購入ないし認めてはならない。

だいたい、役場や市役所などに就職するやつは、「生涯食いっぱぐれがない」公務員という職を選んだだけの人びとなので、本当に真剣でプロフェッショナルな政策決定や意思決定をしない。安い土地を買って、あるいは福祉法人等に対して認めて、さっさと公共施設を作れば、それが自分の業績と錯覚する。それはいかん!と断固否定するプロが最上部にいない。

日本人民は、何度も何度も、大量に、この手の馬鹿の犠牲者になっていく。このみっともない悪循環を断つ仕掛けは、まだどこにも芽生えていない。

ちなみに私が住む小さな市では、土手下低地に建てた市立図書館の蔵書が水浸しになる経験を二度もしてから、やっと最近、メインの市街地にある商業ビルの上の方の複数の階へ移った。

 

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2020年6月29日 (月)

今月のポジティブ(2)山梨大学学長島田眞路氏

この方は、これまでもあちこちに登場しておられるが、最近サンデー毎日がかなり長いインタビュー をしている。そのごく一部を、XORブログの過去記事が引用している。学長であるだけでなく、大学病院の院長さんだった、と思う。

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2020年6月22日 (月)

今月のポジティブ: 最強の防御==自己の健康

こういう話は、今の支配的な大産業(とくに食品系)を批判することになりがちだし、また個人差が大きく、速効性のある話でもないので、なかなかメジャーなメディアの上のメジャーな情報になりにくい。

また、一般性のある話として書くことも難しい。

ここでは、大体の輪郭のような話として、「アウトブレイク」というアメリカ映画(私はまだ見ていない)のAmazon上の、Making Goldさんという方のコメントから引用したい。正論と思われるものの、大体の雰囲気である。

免疫システムが働かない時とはどういうときなのだろうか?それは”栄養過多”、”食べ過ぎ”、”満腹”、”疲労状態”、”泥酔”など。健康を維持するのに本当に必要な食材は最低限度の玄米、野菜、少々の魚だけで、動物性たんぱく質特に肉は大幅に免疫力を低下させる。満腹状態も風邪を引きやすい極めて無防備な状態。

要するに、健康であれば一般的に免疫力が強く、大病にはかからない、という説だ。私は個人的に、食べ物と同列に重要なのは毎日の適度の労働(体を怠けさせない)も重要ではないか、と思う。もちろん、お金が得られるものだけが労働ではない。

私も数十年来、かなり「不純な」玄米菜食主義者で、玄米菜食原理主義者の人たちからは否定されてしまうかもしれないけど、また、それが理由だと断言する気もないけど、大病はないし、今のところ新型コロナ症状もない。

いや、ここで言いたいのはただ一つ、最強の防御は自己の健康、自己の免疫力が強いことだ。これがマスメディア上のメインの話題にならないのが、ア・ヤ・シ・イ。

また、健康な食生活の基盤は、健康にいいから食べるではなく、おいしいから食べることだろう。白米食は、卵にたとえれば白身だけ食ってるようなもので、肝心の複雑多様濃厚な栄養分を捨てている。

そして食の話は個人差が大きく、いわゆる不摂生な生活(食事も含め)で元気で長生きする人もいる。そして健康のためと言っても、数日〜数週間で効果が得られるものでもない。なお、胚芽には毒物も貯まるので、玄米は無農薬有機栽培のを使うこと。

 

 

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