2019年6月23日 (日)

犬猫失敗話(第n回)犬が猫を噛む

これは私個人の失敗ではないが、誰の失敗であろうが失敗には普遍性がある。しっかりした知識と注意がない部分では、誰でも失敗を犯しうる。

犬が猫などの小動物を噛むとき、大半の場合は本気で噛んでいない。たわむれ、遊びのために、軽くくわえていることが多い。無視してほっておけば完全に無傷で解放される。(これは私の個人的体験。)

しかしそのとき人間の方がパニクって、騒ぎ、慌て、犬のあごを無理やり開こうとしたりワイワイやると、犬の筋肉はこっちの願う「弛緩」の方向ではなく、一瞬にして「緊張」へと変わる。そのときついつい、本当の噛みになってしまい、猫は重傷ないし即死する。

パニクらずに静かに優しく犬に話しかけ、犬用缶詰めなどの中身を鼻先にもっていけば、すぐに猫を口から放す可能性が高い。

このブログ記事に対しては、獣医師や犬のしつけのエキスパートなどからの意見に基づくコメントを期待する。

 

 

 

 

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2019年6月10日 (月)

ユーザーインタフェイスとしての工業デザイン

「ユーザーインタフェイスとしての工業デザイン」というコンセプトは、コンピューターがパーソナルなものになって以来芽生えたもので、従来の工業にはまったく浸透していない。自動車も家電も、‘従来の工業’に属する。

そういう、従来の工業でいらつくのは、たとえば、テレビがoff状態のときリモコン等の8を押せば、8チャンが受診状態になってほしい、なるべきだが、「電源」ボタンを押した後で十分通電したあとに8をあらためて押さなかればならない。それが、旧工業デザインの一例だ。

エアコンも、off状態のとき「タイマー」ボタンを押せば、「入る」のタイマーとして動作してほしいし、on状態のとき「タイマー」ボタンを押せば、「切る」のタイマーとして動作すべきだ。旧工業のデザインでは、「タイマー」を押し、その次に「停止」か「運転」を押して動作モードを指定しなければならない。

幸か不幸か日本のメジャーな家電メーカーでなかったコロナ社には、本能的にユーザーインタフェイスとしての工業デザインを心得ている人が少なくとも一人はいるらしく、タイマー設定は上記のようなムダのない仕様になっている。それは、使うたびに快適である。

パーソナルコンピュータにおけるユーザーインタフェイスとしての工業デザインは、Apple社が有名だが、今日の話題としては避けておこう。

ここで書きたかった唯一のことは、旧工業の代表的典型である自動車における、停止のインタフェイスと加速のインタフェイスだ。今のデザインは、完璧な落第であり、完璧な不良デザインである。

そもそも、「止める」という意味の身体言語は何だろうか?

また、「加速する」という意味の身体言語は何だろうか?

止めるが、『脚(足)を踏み込む』という身体言語なら、加速するがそれと同じ身体言語であってはならない。絶対に!! 旧工業は、両者に同じ身体言語を用いている不合格なユーザーインタフェイスデザインである。およそ100年間も、不良デザイン、不合格デザインがでかいつらをして威張っているのが、自動車という旧工業だ。

でも、もちろん、自動車が今のような人殺しマシンでなくなるためには、並行して、正しい都市デザインも必須の急務である。

旧工業には、ユーザーインタフェイスとしての工業デザイン、という考え方がない。ゼロである。それは、オトコ的無神経的馬鹿の全展示会だ。

今からでも遅くはない。大学の工学部の、全カリキュラムをゼロから作りなおしてほしい。

★工業製品だけでなく、法律などの制度にも、ひでえユーザーインタフェイスという問題は山ほどありますね。

 

 

 

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2019年5月23日 (木)

貨幣==麻薬

そして、人類のコミュニケーション不能の、今や宗教をもしのぐ、最高最大の表象である貨幣経済もまた、その全規模にふさわしい巨大な最大規模の、悲惨な、貨幣不経済を基盤としてのみ、成り立ちうる。それを別の言葉で言えば、貨幣の価値は差異と、差異の巨大な階層である。

貨幣はその保有と使用が悪質な(==他者不在の)安楽と悪質な高揚を与えるという意味で、一種の麻薬であり覚せい剤である。それは、貨幣がn円得られているところには、同時にどこかにn円得られていないことが存在するから、その差異こそが他者不在であり、言い換えると貨幣の唯一の原料が他者不在である。富者は、膨大な量の他者不在を累積する。そして貧者は、克服しがたい量の他者不在の障壁にあえぐ。

貨幣が社会の主導権を握っているかぎり、他者を蹴落とす、競争する、だます、ごまかす等々の悪質な他者関係は存続する。卑小な人間がなくならない。それが、社会だけでなく環境の荒廃にもつながる。

人類は所詮、そんなお粗末な劣悪な生き物だった、で終わるのか、そうでないか、それは分からない。各所の、細々とした活動の芽には、希望が感じられないわけではない。

貨幣の麻薬漬けから醒めて、コミュニケーション指向へ脱皮する人が、少しずつでも増えていくことに希望を託したい。

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2019年5月20日 (月)

ジャパンディスプレイ==戦艦大和

巨大な戦艦、大和(やまと)は、攻撃の主力は大型航空機であるべきことが誰の目にも明らかである時期に巨費を投じて建造され、すぐに、米軍によって撃沈された。

大きな国費が救済策として投じられたジャパンディスプレイは、サプライヤー(個々の部品の製造供給)はいわゆる途上国新興国に任せるべきであることが誰の目にも明らかである時期に、日本がそうであるべきエンド・プロダクト(新しい強力な最終製品)ではなく、ディスプレイパネルという特定の部品に大きなテコ入れをした、そして最近はますますアカンことが明らかになってきたという意味で、戦艦大和に似ている。

日本のおっさん族は、昔も今も、人間と社会と生活とそれらを支えるべき技術に関して最新の正しい直観や希求を欠き、自らの古い思い込みにのみ固執する。

実際に目の前に見るJDIの工場は、ほんまにでかくて、まさに大和クラスだ。ひまな人は、Googleの画像検索してみて。

 

 

 

 

 

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2019年5月19日 (日)

外部不経済の共犯者は消費者だ

 

外部不経済>内部経済

資本の活動が生産する外部不経済は、その生産の共犯者が往々にして消費者だ。ささやかな貧乏個人にすぎないこの私も、これまでの人生の過程によって、温暖化や海のプラスチック汚染に…主に間接的に…十分貢献しているだろう。

しかしそれらの問題の修復となると、個人では手に負えないものが多い。よく、山の中などで、自給自足とか、エコな生活とかいって、汚染を作り出さない暮らしぶりがテレビ等で紹介されるが、しかしそれは、問題解決につながるほどにスケールしない。みんながやるのは、無理。

短絡的な消費ではなく、産業の生産物、生産技術を大規模に変えていくしかない。

さて、ペット産業が作り出す外部不経済の最たるもののひとつが、遺棄動物だ。これにも、消費者の貢献が著しい。

そしてこれも、一部の個人の努力では解決が難しい。…からといって、放置はできない。

このところ我が家周辺に出没する遺棄猫が増えたな、と思っていたら、そのうち、一匹が出産した。子は五匹だ。

年齢的に保護活動はやめる気でいたが、目の前にいる以上、放置はできない。自分の健康に気をつけて、がむばるしかない。昔に比べると捨て犬捨て猫に出会う頻度は減っているが、まだ皆無ではない。しかもこの問題は、往々にして、生産者=消費者だったりするからややこしい。

 

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2019年5月 7日 (火)

交通事故の起き得ない都市構造を作る

20世紀の銃や車に次いで、今世紀の、オトコの男根信仰の象徴は宇宙ロケットかもしれない。金を使うべき重要な問題や課題は、もっとほかにあるだろ、といくら言っても考えても、資本は増殖(利益を生むこと)の可能性が信じられる方向にしか行かないから、言うだけ無駄である。

最近はますます悲惨な交通事故が多い気がするが、これは、車を運転することへの人びとの緊張感が希薄になってるせいかもしれない。しかし、交通事故の起きない都市づくりへお金が向かわないのも、それが利益を生まないからだ。巨額な会費制にするわけにも、いかないし。

行政が行う公共事業、と考えても、それでも実現しない。行政が利用する資金は、資本が生んだ利益のおこぼれである。資本がどんどん利益を生まないと、行政の資金も増えない。資本が、より楽をして増殖するための仕組み、たとえば介護などへは、行政の資金も向かう。

しかし、資本の増殖、資本が生み出す利益の多くは、資本の営為が作り出す外部不利益をコストとして負担しないために得られている不正利得である。

たとえば今私のアタマとココロには、数日前に交通事故で亡くなった六年生の女の子のことがあるけど、仮にその子の命の価値を「無限大よりも大」とすれば、利益を生む資本の活動としての自動車産業は(不正利得以外には)成り立たない。

自動車産業がまっとうな産業として成り立つためには、事故が起き得ない構造の都市を作っていくしかない。宇宙ロケットも、逆立ちしても対応できない深刻な外部不利益が顕在化する前に、やめた方が良いだろう。

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参考記事: 歩行者の死亡事故ダントツの日本、ドライバー厳罰化で解決できない理由

 

 

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2019年4月29日 (月)

連休と格差社会

ネット上のお店も、その多くはいっちょまえに休むので、久々に犬猫用品(フードなど)の買い物で苦労した。でも物理店の多くは連休で休んでないから、ありがたい。

しかしおそらく深刻に困るのは、時給制の多い非正規労働者だ。休日の仕事は簡単には見つからないから、5月の収入減はひどいだろう。

非正規労働者は、(1)給与ベースが安い、(2)福利厚生がない、のダブルパンチかと思っていたら。(3)祝日に無給になる、というトリプルパンチだ。

子どもでも分かる正しい論理としては、非正規労働者の給与ベースは、福利厚生がないぶん、正規社員職員より高くなければならない。

でないとそれは、現代の奴隷制だ。stolen laborの上の会社と正規社員たちの繁栄と安寧。その“安定”を目がける“就活”。このパターンは、日本の未来にとってやばい。いや、もう、現にやばいと思うけど。

 

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人類はプログラミングと無縁ではない

プログラミングは、時間上や空間上の論理的な構造を定義することだから、人類は太古の昔からやっている。コンピューターのプログラミングは、それを「形」にして対象化できるところに意義がある。きちんと対象化しないところには、太古ばかりでなく現在も恣意性や杜撰(ずさん)が横行する。日本の場合、上部構造の恣意性や杜撰が頻繁に、大量の庶民を苦しめてきた。

●学校の警備。インターフォンで「工事の者」ですで、それだけで、入校OKはない。これがプログラムだったら超幼稚なハッカーでも赤子の手のようにシステムを攻撃破壊できる。要するに入ってくる者をチェックする仕組みが全然ない。ということは、この学校には警備がない。皇族の子などばかりでなく、一般的に子どもを、通学させるにはまったくふさわしくない。校内に入れる前に、工事発注等の担当部署に聞くことすらしてない。

●海のそばの学校で大きなで地震が来たら、まずやることは、児童をほっといて、えんえんたる職員会議ではない。地震津波をハッカーに例えれば、これも赤子の手なみだ。庶民の生命を最優先せず、えんえん自分のことにのみかまう。日本の上部構造の愚は、20世紀前半のそれから、まったく変わっていない。学んで成長していない。

プログラミングを学ぶことは、ものごとの正しい論理を学ぶことだ。それなしで、プログラミング教育なんてやっても、お粗末なプログラムしか作れまへん。

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2019年4月17日 (水)

ノートルダム・クイズ

20世紀のロック音楽の名曲の一つに、「ヨーロッパには今日も明日もない。あるのは過去のみ」と歌われている曲があり、その過去の象徴としてノートルダム寺院が登場するものがある。その曲名とアーチスト名を挙げよ。

雑談:その“過去”をしっかり受け止め、対応しようとしないんだから、消失するのがふさわしいかも。

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2019年4月15日 (月)

世界危機としてのアメリカ

象徴的な意味であえて総称的に「ハリウッド映画」を言うんだけど、だいたい、そもそも、それは、主人公(たち)にとって異様に都合が良すぎない?

言い換えるとそれは、本物の(他者性の、関係性の)苦労がなさすぎるんじゃない?

Make America great againも、言った方でも歓呼した方でも、ハリウッド映画レベルの言葉とちゃう?

失業した鉱夫のために石炭増産したって、ふなもん、成長と継続はありえないし。

そもそも、巨大なstolen landとstolen laborの上に築かれていたgreatnessが、再来するわけもないし。

産業と労働力の質的構造的移行努力もせず、鉱夫に一時的な飴しゃぶらせても良い結果はない。

たくさん書けばきりがないし、それもかったるいから、ここはひとつだけ:

中国の大手通信機器企業を物理的根拠もなく単純粗暴に「閉め出す」ってのはだめだよ。フェアじゃない。特定企業ではなく普遍的一般的に、セキュリティ基準とそのテスト方法とそのためのチームを作り、それに合格しなかったらその製品〜製品系列にかぎり閉め出すのが正解。それが本当の、大人の、greatness。特定企業(をハリウッド映画の悪役に仕立て)に異様にこだわっていると、かえって、穴がたくさんできる。

類似の、いろんなことで作られる大きな穴が、世界危機の培養基になる。必ず。

ハリウッド映画のヒーローは、それを現実像として追うと、自らとまわりに危機をもこもこと育ててしまうだろう。それを監視し対策する必要がある。

 

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